活動の目的
2022年度までの5年間の取り組みを⼟台にアートを媒介に⼦どもたちが地域を⾒つめ、それぞれの中に吸収し、表現する機会を⼀層拡充する。また、地域のなかのアートの存在感を高め、地域と協働して作り上げるイベントへと昇華させていく。
活動の内容
(1)2024年度は⼩学校が6校から2校へ統廃合される。閉校となる4校は猪苗代町の中でも周辺部にあり⾊濃い地域の特⾊を持つ。町内南側の3校(翁島小、緑小、千里小)と北側の3校(猪苗代小、長瀬小、吾妻小)に分け、ワークショップと作品制作を行う。美術家・カトウシモン⽒を招聘し、南側3校の児童に向けたワークショップと制作を⾏う。カトウ⽒は、絵画と詩で物語を紡ぎ、⾳楽と⾝体表現を組み合わせたパフォーマンスにより⽣まれる空間そのものを作品とする。春から秋にかけてリサーチと音楽演奏を含んだワークショップで⼦どもたちと関わり合い、作品の土台を制作。そちらを猪苗代駅前に設置し、壁画として昇華する。
(2)猪苗代アートプロジェクトの⼀環として猪苗代⾼校の在校⽣と旧⾳楽堂をリノベーションしアートルームを設⽴した。そこへインド先住⺠ワルリ族の画家を招き、ジャングルに囲まれた村でサステナブルな暮らしをする彼らから⾒た猪苗代を描く。高校生を対象に、これまでに感じたことのある「目に見えないエネルギー」を描くワークショップを実施。作品を壁画に取り入れる。
参加作家、参加人数
椎木彩子 WS参加人数 216名
カトウシモン WS参加人数 217名
ワィエダ兄弟 WS参加人数および制作ボランティア 90名
他機関との連携
猪苗代町教育委員会および町内各小学校(猪苗代小、長瀬小、吾妻小、翁島小、緑小、千里小)、福島県立猪苗代高校、NPO法人ウォールアートプロジェクト
活動の効果
(指標1)「子どもたちが五感を働かせ、それぞれが暮らす地域の特色を感じ取る」
統合を控える小学校、6校を、町内南北の3校ずつに分けて実施したワークショップと作品制作について。
各学校の校長先生との調整の結果、町内全校の児童とのワークショップを開催できることになり、規模が拡大したため、カトウシモン氏に、南部の3校(翁島小、緑小、千里小)、椎木彩子氏に北部の3校(猪苗代小、長瀬小、吾妻小)を担当してもらった。カトウシモン氏は、自身の経験から一人ひとりが唯一無二の存在であることを伝えるレクチャーののち、ドラムなどのパーカッション演奏と共に子どもたちが一筆に自分を込めて線を描くワークショップを行った。217名の筆が入った作品を猪苗代駅前の壁面に構成。その上に壁画「龍乗りの物語」を描いた。事業後に行ったアンケートには、「これまでに体験したことのない、自由に線を描くということが楽しかった」「想像以上に素敵な作品の一部になれて嬉しい」などの声が聞こえた。椎木彩子氏のワークショップでは子どもたちが自分の分身の「苗」を猪苗代町内で採集された木片に描いた。描かれた「苗」は、椎木氏の手によって二羽の鳥として作品となり、統合先である猪苗代小学校の体育館に展示された。「統合による不安が楽しみに変わったようだ」という校長の所見があった。子どもたちが自身を肯定したり、これまで育って来た猪苗代へ改めて思いを寄せる契機となり、その想いが作品として昇華された。また、猪苗代高校では、インドから先住民ワルリ族のアーティスト、ワィエダ兄弟を招き、壁画制作とワークショップを実施した。2016年にも滞在制作を経験したワィエダ兄弟は、7年経っても揺らぐことのない、猪苗代の自然が人々にもたらすエネルギーをテーマに壁画とワークショップに臨んだ。全校生徒が取り組んだワークショップは、今までに猪苗代で、人生の中で感じたことのあるエネルギーを描く、というテーマだった。抽象的なテーマにも関わらず、生徒たちは集中して自分なりのエネルギーを描いた。その作品は壁画の一部として取り入れられた。「この空間をカフェやギャラリーとしてどんどん活用していくべき」という生徒の声がアンケートに多数見られた。今回の事業を体感した子どもたち、約500名の中には、数年後、町を出る子も多くいるだろう。その子ども時代に、自分たちが暮らす地域について深く思いを馳せる機会を創出することができたことは、当初の目標を達成できたといえる。
(指標2)「猪苗代高校アートルームの認知度」
アートルームは、演劇のワークショップで使用されたり、県内外からの視察希望団体からのオファーがあるなど、街が外に開かれる窓の一つとしても機能し始めている。
アートルームの町内外の認知度の高まりは、リノベーションを終えた昨年よりも高まっている手応えがある。しかし、まだ知らない町民も見られ、この場を発信することに力を入れていく必要がある。高校生たちがモチベーションを高めていることにも希望が持てる。
活動の独自性
2018年度から6年間、学校を舞台にアートプロジェクトを実施してきた。芸術祭というとパブリックに鑑賞できる場所での制作や展示が主だが、本プロジェクトでは普段は一般の人たちが見ることができない場所での実施が独自性をもっていると考える。本プロジェクトの中心となる趣旨は、その学校に通う子どもたちがアーティストや制作過程、作品を通してさまざまな刺激を受け、感性や郷土愛を育むことである。さまざまな方々にその成果をお披露目する年に一回のお披露目も、自分たちの学校にこれだけ関心をもってくれる方々いるということを子どもたちや猪苗代地域の方々に感じてもらう機会となっている。
総括
今年度の事業では、このプロジェクトを猪苗代で開催するきっかけとなったインドのワルリ画家、ワィエダ兄弟が7年ぶりに来町したことで原点回帰の機会となった。彼らの持つ深い思想と猪苗代が宿すエネルギーとが融合した猪苗代高校に制作された作品は、この地域で展開するアートプロジェクトの真髄を表現し、この土地のさらなる可能性を伝えていくと考える。
また、6校から2校へと統合を控えた小学校でそれぞれ実施されたWSでは、椎木、カトウそれぞれのアーティストの持ち味が子どもたちと共鳴し、生き生きと自分を表現している姿が印象的だった。そして、統合の象徴として、子どもたちの作品を1つにまとめあげた作品は、統合することを不安に思う子どもの気持ちを前向きにする一つのきっかけともなった。
この6年間、中学校、小学校の統廃合を見据えて進めてきた本プロジェクトは、振り返ると町内に17の作品を残している。今後は既存の作品を鑑賞するだけではない、壁画空間でのワークショップや、パフォーマンス、体験型の鑑賞、などプログラム面の充実を図っていきたい。そのためには、地域との結びつきをさらに強め、猪苗代の特色でもある豊かな食や、自然、歴史と関わる人々、団体とのコラボレーションの機会を増やし、アートを切り口として横断的な事業へと展開していく必要がある。また、外部から人を呼ぶための事業というだけでなく、内部、猪苗代町内に暮らす人々が元気になっていく、という側面をこれまで以上に大事にしていきたいと考える。
-
ワィエダ兄弟による猪苗代高校生たちへのワークショップ「見えないエナジーをワルリ画で描く」
-
椎木彩子による小学生へのワークショップ「苗のともだちを描こう」
-
カトウシモンによる小学生へのワークショップ「天空を駆ける龍乗りの儀式~ 虹の色で自分の線を描こう」