活動の目的
2023年10月13日(金)から同月23日(月)にかけて「湯の上フォーエバー!2」を実施した。展示部門である「勝正光ライフドローイング展『別府と描く』」のみ23日まで、コア企画となる紙屋温泉公民館でのパフォーマンス、「別府フォーエバー劇場」、「みんな主役だ!紙屋のど自慢」などは13日(金)から15日(日)までの週末に集中的に開催した。
同企画の発端は、さらに一年前に開催した「湯の上FOREVER!」にある。音楽家の蓮沼執太、空中ダンスを得意とする踊り子の若林美保を招いた一日目の賑やかな祝祭性は、コロナ禍を経て停滞していた地域活動の再始動を印象づける非常に意義深い内容だったが、個人的に強く心に残ったのは紙屋温泉公民館で行った二日目だった。
大分ゆかりの落語家である月亭太遊による創作落語とダンサー/振付家である手塚夏子のワークショップ的作品は、どちらも観客の能動性を促す敷居の柔らかさ、生活との地続き感がある。それに加えて、温泉場の演芸場を意識した客席の配置や、そこで振る舞われるお菓子やお茶は、見ず知らずの観客のあいだの心理的緊張を和らげる効果をもたらすものとなった。出演アーティストらによるパフォーマンスのクオリティは当然重要だが、それ以前に私たちスタッフが行う「客席の設計」こそが、こういった小規模なイベントの成否を左右するのだということを、この時に実感した。
この発見を敷衍し、発展させようと構想したのが、今回の「湯の上フォーエバー!2」である。温泉地である別府のコミュニティスポットである公民館をアートスペースに変質させるというコンセプトはそのままに、今回は「ストリップ劇場を公民館に移築する」ことを「客席の設計」の具体的方策として用いた。また、人気踊り子である宇佐美なつやコトミドリ(ふだんは別名で活動)の集客力を頼りに、別府や大分県外で暮らすストリップファンの参加を促すことも戦略の一つであった。
戦後すぐに誕生したストリップとその劇場には、出演者へのチップの手渡しや踊り子のポラロイド撮影販売など独特且つきわめて芸能らしいローカルな慣習がある。基本的に極小の舞台、劇場空間で行われるストリップでは演者と観客の距離が非常に近く、「その場にいる全員が作品をつくっていく」という相互作用的な感覚をしばしば覚える。その協働性は別府における公民館や温泉が持つ「自分たちのコミュニティを支えるのは市民自身」とも近いものであり、その2つを創造的に接近させることは、美術館や公共劇場という文化制度や社会階級に帰属しがちな既存のアートフォームへの批評でもあるのだ。
活動の内容
上記した公民館でのパフォーマンスや市民参加のカラオケ大会に加え、同会場の徒歩圏内にある「別府市創造交流発信拠点 TRANSIT」では、別府で約15年間活動するアーティストの勝正光による個展「勝正光ライフドローイング展『別府と描く』」を開催した。
勝が別府での活動を始めて以来描きためてきた別府市ゆかりの人々や風景などのドローイング原画を集めた回顧展である本展は、一人のアーティストの視点や営為の集積を通して、観客が別府の近過去をふりかえる機会をつくるというコンセプトのもと企画した。パフォーマンス企画が、大衆芸能の持つ協働性を援用した場づくりであるとすれば、本展が目指したのは作品を用いた場づくり、過去15年間のあいだに作家が培ってきた関係性の可視化・再構築にある。会期中には勝、写真家の藤田洋三を招いてのトークイベントも開催したが、こちらも立見客が出るほどの盛会となった。
参加作家、参加人数
参加作家:宇佐美なつ、コトミドリ、月亭太遊、東京ディスティニーランド、お魚大臣、勝正光
参加人数:300名
他機関との連携
勝正光個展は、BEPPU PROJECTが運営する「別府市創造交流発信拠点 TRANSIT」の公募企画として開催。企画段階から同スペーススタッフと密に連携して行った。そのほかにも、音響設計や当日運営などさまざまな面で別府市、大分市の民間組織、個人の多大な協力を得た。
活動の効果
「客席の設計」のアイデアに基づく企画・空間構成はかなりのレベルで大きな成功を収めたが、企画者である私の予想を超えた効果をもたらしたのが、遠方からやってきたストリップ客(スト客)と、どんな人も陽気に迎え入れる別府の観客たちの相性のよさだった。前述したようにストリップには多くのローカルな慣習があり、それを即座に理解し実行するのは難しい。だが、そういった数々のルールや振る舞い方についてスト客は積極的に別府市の客にレクチャーし、その過程で生じるコミュニケーションはすぐに親密なものとなった。またスト客のなかには周囲とのコミュニケーションを苦手とするタイプの人も少なくないが、3日間の鑑賞体験を通して徐々に客席の雰囲気に慣れ、ストリップ劇場ではあまり見せないポジティブな表情を見せることもしばしばであった。
その雰囲気の醸成には別府で活動を続ける東京ディスティニーランドや月亭太遊の心地よい「客いじり」もポジティブな効果をもたらした。「客席の設計」を起点としつつも、それを拡張的に応用させていったのは他ならぬ観客と演者たちであり、そこで生じる異なる文化、生活圏を生きる人々の相互的な交流は、本企画が得た最大の成果だ。
活動の独自性
演者と観客による「協働」の実現が、本企画の最大の独自性であったと考える。
総括
しばしばコンテンポラリーアートは相互性を目的に掲げながらも、現実には「教える側」と「教わる側」、「与える側」と「享受する側」といった上下関係や片務的な「サービス」に基づく関係性を基軸としてしまう。そこでもコミュニケーションは生じるが、それぞれの人々の振る舞い方に大きな変化をもたらすことは稀だ。
それに対して、「湯の上フォーエバー!2」ではさまざまな場面で役割や関係性の混淆が見られた印象がある。それはスト客が持つ経験や享楽を求める精神によるものであり、また別府市民のノリのよさや寛容性によるものであるのは明らかである。単に私が企画しただけでは、ここまでの成果は得られなかっただろう。その意味でも本企画は、別府だからこそ実現できたものだ。
文化芸術にとってもさらに困難な時代が目の前にやってくる予感があるが、そのような状況で、個人としての自立性を獲得しながら、表現すること、表現に触れることの喜びに出会う機会を存続させていくことが重要だ。私にとってサイトスペシティフィやローカリティについて再考する機会が、「湯の上フォーエバー!2」であった。
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紙屋温泉でパフォーマンスする東京ディスティニーランド
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カラオケ大会の様子。壇上で歌うのは別府でカルトな人気を誇る「すーやん」
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勝正光展会場前にて。トークショー参加者の集合記念写真