活動の目的
埼玉県東松山市内の高齢者福祉施設「デイサービス楽らく」に常設のアーティスト・イン・レジデンス機能を設置。美術・文学・音楽・演劇・舞踊・伝統芸能等のアーティストを招き、作品創作やリサーチを通じて利用者や職員と文化的な交流を重ねることにより、施設での日常に、非日常的な要素と、新たな出会いや発見をもたらすことを目指す。
地域の文化・教育施設等と連携し、アーティストと住⺠との交流を行うことで、福祉施設が地域内の様々な人にとっての文化的な出会い・交流が起こる場所として機能することを目指す。
また地域内外の文化・福祉・教育機関との連携や、実践者・研究者との交流を通じ、活動で得られた知見を広く発信することで、芸術と福祉の関係を元にした新たな地域づくりを提言し、全国各地での新たな実践に繋げていくことを目指している。
活動の内容
①アソシエイトアーティスト
前年度から継続してアサダワタル氏を招聘し、プロジェクト「また明日も 歌ったような」を実施した。アーティストが長期滞在する中で生まれたデイサービス楽らくのテーマソングを、デイサービス楽らく利用者や職員、地域の小学生児童が共同でレコーディング。制作された音源は、小学校の通学路となっているデイサービス楽らく前の時計台に、時報として設置した。また、ミュージックビデオを制作。YouTubeにて広く一般に公開した。
https://www.youtube.com/watch?v=peve7SAuGXU
②公募アーティスト
当初予定の4名を超える、7名を採択。
美術・舞踊・演劇・短歌等の分野のアーティストに参加いただいた。
滞在期間終了後に、滞在経験を元にした作品を制作するアーティストが多い。
③ネットワーク構築
アサダワタル氏の作品公開と合わせて、地域内外で福祉・芸術活動に携わる人をゲストに迎え、活動報告+クロストークを一般に向けて開催した。地域内外の福祉・芸術等が多く参加し、知見を共有するとともに、関係者同士のネットワークを構築する場を設けた。
④成果の発信
アーティスト滞在の様子等をnoteで随時発信した。
https://note.com/crossplay
また2022年度、23年度2年間の活動について、成果報告書を編集した。24年度以降、冊子として配布することで、活動成果の普及に取り組む予定である。
また外部メディア等を通じての情報発信では、NHK総合「ひるまえほっと」「おはよう日本」にて紹介されたことで、活動の認知度を高める結果となった。さらに、日本科学未来館の新たな常設展「老いパーク」でもクロスプレイ東松山のインタビュー映像が展示された。今後10年間以上の目安で展示されることから、中長期的に広く取り組みの意義を普及する効果を期待したい。
⑤人材育成(新規)
実施過程では人材育成として、芸術文化と福祉・まちづくりへの関心を持つ2名のインターン生を迎え、インターンシップを実施することができた。
参加作家、参加人数
①参加作家 8名
・アソシエイトアーティスト:アサダワタル
・公募アーティスト:桂融(美術)、仁禮洋志(美術)、浅川奏瑛(舞踊)、竹中香子(演劇/ドキュメンタリー)、青木麦生(短歌)、野村眞人(演劇)、萩原雄太(演劇)
②参加人数
・デイサービス楽らく利用者 65名
・デイサービス楽らく職員 20名
・東松山市立唐子小学校4年生児童 40名
・アサダワタルプロジェクト公開記念イベント(クロスプレイ東松山活動報告+クロストーク含む)参加者数 40名
他機関との連携
①福祉と芸術の専門性を有する一般社団法人ベンチと事業を共同主催。ケアマネジメントや介護支援といった自団体の職能を持ったスタッフと、アートコーディネートやプロデュースといった芸術文化分野の職能を持ったスタッフが共同することで、多職種連携のモデル的仕組みを作ることができた。
②アサダワタル氏のプロジェクトにおいては、前年度に事業を共同した東松山市民文化センターの協力により、東松山市立唐子小学校と連携。総合的学習の時間を活用し、4年生児童にデイサービス楽らくに訪問してもらうほか、有志児童13名の参加が参加してデイサービス楽らくのテーマソングを、利用者と一緒にレコーディングした。完成した時計台音源のお披露目にも児童が参加し、利用者と共に完成を祝った。同校の先生方も活動内容を高く評価しており、次年度以降の連携も予定している。
③原爆の図丸木美術館と連携し、学芸員の岡村幸宣氏に公募プログラムのアドバイザーとして、プログラムへの助言や、トークへの参加をしていただいた。また逆に、丸木美術館の出展アーティスト等が、デイサービス楽らくを滞在場所とすることもしばしば発生した。宿泊したアーティストによっては、美術館での新作制作のために利用者に地域の歴史をリサーチするなど、高齢者福祉施設ならではの環境を活用していただいいた。
活動の効果
評価アドバイザー(長津結一郎氏)の協力を得て、デイサービス職員、アーティストに対するアンケートを実施し、クロスプレイ東松山の特性となるキーワードを抽出し、利用者・職員・アーティスト間相互の影響を図式化した。その結果、職員にとってはプロジェクトを通じて介護のあり方を新たな視点から見つめ直す機会を得ていること、利用者にとっては認知症等の改善だけで なく、異なる人々との交流が生活の一部となり、外部からの注目を浴びることで誇りや自信を取り戻すケースもあることが明らかになった。
またアーティスト自身は福祉現場の様々な感覚とのギャップに戸惑いながらも、介護現場のクリエイティビティに触れることで、自らのアート観を再考する契機として捉えていることが分かった。
活動の独自性
高齢者福祉施設を活用したアーティスト・イン・レジデンス自体が非常に珍しい取組といえる。その上で、芸術と福祉それぞれの専門分野の人々が、日々過ごす時間を一緒に取ることによって、互いに境界を揺るがし/揺るがされながら、新たな価値観を生み出していくそのプロセスにこそ、本プロジェクトの最大の特徴であると言えるだろう。またその結果、アーティストは滞在中の作品制作に比重を置かず、むしろ異文化との出会いに浸った後、滞在終了後に経験をベースにした作品を発表するスタイルが生まれていることも、レジデントとして極めて特徴的な傾向と言えるだろう。
総括
プロジェクト2年目となる本年は、様々な挑戦を行うことができた。
プロジェクトの存在が認知され始めたことで、アーティスト公募には20名の応募があり、独創的な滞在プランが多く寄せられた。このため当初予定の4名を超える7名を公募アーティストとして採択し、多様なスタイルで滞在いただいた。
これらアーティストの活動を通じて、プロジェクトの特徴が明瞭になってきた。特に「利用者が次に会った時には一緒に何かをやっていたことを忘れている」という、介護福祉施設ならではの特徴は、アートプロジェクトを達成したいアーティストにとっては試練となることも多いが、この特徴をアーティストが受け入れて考えることで、固定観念を超えた表現が生まれる機会となっていた。福祉施設という特徴からは、アーティストとして無条件に受け入れられることはないが、人として尊重され受け入れられることで、一度自身につけていたレッテルを自ら剥がして、表現に向き合うアーティストが多くいることが印象的だった。
また、地域との連携面では、それまで積極的な交流のなかった地域内の施設同士とともに、プロジェクトを通じてこれからの地域のことを考えていく基盤ができたことは有意義だった。
また有難いことにNHK総合や日本科学未来館での紹介など、プロジェクトが社会的に注目される機会も増えてきた。
今後の課題としては、第一にはプロジェクトに携わる人材、財源の確保が挙げられる。
介護保険制度の下運営される通所型介護福祉施設において、外部財源を主に、いかに持続可能な文化プロジェクトを実施できるか、体制整備が問われる。
また質的な面では、デイサービス楽らく外での実践も視野に入れた上で、より包括的な支援体制の構築や、異なる専門性を持つ人々が協力し合うための場づくりのあり方を考えていきたい。