活動の目的
本プロジェクトは2020年より続いている塩江町の民家「藤川邸」に保存されていた民俗史料や生活用品の悉皆調査を行い、それらを利用した歴史資料館をゲストハウスと一体化した形で運用する取り組みである。これにより、塩江の歴史の中であまり顧みられず、語られてこなかった社会史的側面を再発見できる施設を作ると同時に、経済的理由などで継承が困難になりつつある民俗学的資料の保存を自走しながら行う方法を作り出すことが大きな目的である。
本年度では、藤川邸で発見された栗の木などの古材を使ったキッチンの作成、生活用品の再利用や展示など、家に眠っていたアーカイヴをモノの来歴や状態に合わせた形で活用することでアーカイヴを体験するための試行錯誤を行った。
また、同時並行で学術書『アートと人類学の共創』(天理大学出版助成金)を出版することで、共時的、通時的なアーカイヴを残す作業も行うとともに、書籍化することで塩江町の中での生活史のプレゼンスを向上させることを企図した。
活動の経過
当初申請時にはなかったものの、2023年4月時点で書籍化の話が立ち上がり、執筆や追加取材を行ったため計画を多少変更することとなったが、大まかには計画通り行った。
古材を使ったキッチン制作では、尾道市在住の大工の優れた技術により複数の材を継いで1枚物の材に見えるような天板を作成し、それを中心に据えたデザインや配色を行なって、土壁の再利用などを行い、ゲストハウスの運用に耐えうる実用的なキッチン作成を進めた。
アーカイヴの目玉となるダム底のジオラマ作成は、聞き取り調査を順次行うと同時にジオラマの土台となる部分の作成や下書き、試作を行った。
2022年度に展覧会で活用したアーカイヴの帰属作業は、食器類など活用可能なものから順次進めると同時に、戦時下資料などの貴重な物に関しては展示・保管方法の検討を行った。
成果報告会は当初は町内での開催を予定していたが、書籍化にあわせて本年度は高松市街地で市内の歴史や民俗学などに興味のある方を対象にお声かけをして行うこととし、1月に実施した。
また、2024年3月に簡易宿所の営業許可を取得し、モニター宿泊を行うことでゲストハウスとしての運用も開始された。
活動の成果
まず、上述の通り、学術書や施設などの成果物が段々と出揃ってきたことで、町内外の関心がより強くなってきた。特に高松市内や徳島からの見学希望の問い合わせを複数いただき、施設の案内を行った。このようにご来訪いただいた方の多くが、「いにしによる」のアーカイヴの方法をご覧になる中で、ご自身の実家などの来歴を気にし始めるような発言をすることも何度かあり、地域の生活史をそれぞれの地域で保存するような活動の種を蒔く施設になりつつあるのは大きな変化であるといえる。
また、町民の中では「いにしによる」をご覧になったり、私たちが聞き取り調査を行う過程で蔵に眠っていた写真や道具などを掘り出して回想したり、自分たちの地域の来歴を再発見する方々も散見された。また、藤川邸の所有者である藤川氏に至っては、ご自身の両親の来歴を確認するために満州から引き上げ時に上陸した舞鶴の資料館に出向くなど、地域史から国政史へのつながりを自身で見つけてくださった。
まだ量的には微々たる変化ではあるものの、質的には本プロジェクトに深く関わっている方ほど地域史への向き合い方が大きく変化している。これは大きな成果であると考えている。
また、ゲストハウス運用が可能となったことで資金的な自走に向けた道を開くことができたことも成果である。
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藤川邸に眠っていた古材を再利用したキッチン
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高松市街地での成果報告会の様子
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プロジェクトに関して出版された学術書