活動の目的
前橋市中心部を流れる広瀬川および馬場川流域の歴史的建造物や文化芸術拠点を舞台に、「①前橋中心市街地におけるアートムーブメントの発信」「②地域の歴史・文化の再発見と発信」「③関係団体との連携強化」の3つを目的に実施した。
活動の内容
2025年10月18日から11月9日までの期間中、土日を中心に全8日間にわたり、広瀬川および馬場川流域の6会場にて、各作家による個展形式の展示と小品とグッズの展示・販売を実施した。
尾花賢一(会場:旧安田銀行担保倉庫)は、2025年7月から馬場川通りのばばっかわスクエア(白井屋ホテル隣)の屋上に登場した常設作品《ばばっかわ男》の紹介となる展示を行った。地域リサーチを経て制作された本作は、一本の川が流れる暗く広い倉庫の空間に散りばめられた物語を追いながら、川にかけられた橋を渡っていくと、前橋の今と昔を行き来しながら彼がどんな人物なのか想像が膨らむインスタレーションとなった。制作にはアーツ前橋のインターン生も参加した。
山形敦子(会場:広瀬川美術館)は、前橋の川について長年研究している小野久米夫氏へのヒアリングや広瀬川の歴史を調査し、「旧市街は利根川の水の底だった」という言葉から始まるインスタレーションを制作した。広瀬川と街の景色を臨む大きな窓をバックに、接着剤と絵の具で表現した様々な水の形や前橋の街の風景が重ね合わされた作品と、山がモチーフの作品で構成。川の展示から階段で2段上がった部分に山の展示があり、広瀬川美術館の建物の特徴も活かされた作品であった。
林麻依子(会場:ya-gins)は、動物をモチーフにした陶作品を新作と旧作を交え多数展示。作品の最終形を想定しながら、色の違う陶土を重ねて彫ることで下の層が見え、作品の表面に独特の表情や濃淡が生まれ、詩的なタイトルと合わさり静謐さと親しみやすさが共存した空間となっていた。前橋出身でもあり、本展と会場近くの萩原朔太郎記念館の常設作品を解説するツアーも開催。鑑賞者と地元作家が交流し、作品の理解を深める機会となった。
菅原久誠(会場:map前橋”市民”ギャラリー)は、実際の広瀬川での映像撮影のほかにも古地図を調査し、物流の拠点となった河岸がどこにあるのか辿った。さらに、江戸時代に中国から日本に運ばれてきた金木犀に着目。前橋市の隣の伊勢崎市にある華蔵寺の金木犀(国指定天然記念物)も、かつては広瀬川によって運ばれたのではないかという点から着想したインスタレーションを制作。会期序盤は広瀬川沿いを歩いていると金木犀の香りがしており、広瀬川の古今を作品によって繋いだ。
加藤アキラ 追悼展(会場:Maebashi Works)は、2024年に86歳で逝去された加藤アキラの没後初の展覧会となった。2017年のアーツ前橋での個展「加藤アキラ 孤高のブリコルール」を担当した吉田成志氏にキュレーターを依頼した。多様な活動をしていた加藤の仕事の中から、特に平面作品にしぼって各年代の作品が辿れるよう展示した。生前の加藤氏を知る3名による関連のトークも開催した。
参加作家、参加人数
尾花賢一、山形敦子、林麻依子、加藤アキラ、菅原久誠ほか、小品・グッズ展には過去の本事業の参加作家も出展。
来場者数:全会場延べ2561人
10/25 トーク「川の記憶をほどく」25 人
11/2「林麻依子 作品解説ツアー 」13 人
11/9「加藤アキラ 追悼」展 関連トーク 19 人
他機関との連携
本事業は、前橋国際芸術祭2026実行委員会との共催により、芸術祭のプレイベントとして実施し、これまでよりも資金面と広報面でバックアップいただいた。各会場を運営する個人・団体も、これまで回を重ねて実施してきたことにより、運営の細部にわたってフォローをいただいた。
作品リサーチ協力と関連イベントのゲストとして小野久米夫氏、作品制作補助としてアーツ前橋のインターンの参加、関連イベント実施では前橋文学館にも快くご協力をいただいた。加藤アキラ追悼展では、ご遺族の厚いご協力のもと、キュレーターとして吉田成志氏、関連イベントのゲストとして田中達也氏(群馬県立近代美術館)と吉田富久一氏にも加わっていただき、加藤氏の活動を振り返った。会期後、今回の展示した作品の一部が地域の美術館の収蔵候補となり、情報提供を行なった。
会期中に開催していた他団体のイベントの情報も収集し、主にウェブサイトとSNSで相互に広報を行った。
活動の効果
6会場を巡る回遊型の企画を通じて、来場者が街なかを横断的に体験する機会を創出した。パスポート制により数日に分けて鑑賞している来場者もいて、本事業だけでなく中心市街地の店舗や他のイベントにも参加した様子が見受けられた。リピーターの来場者が近所の人に声をかけて一緒に展示を見に行ったという反応もあった。
広瀬川・馬場川を主題とした山形敦子や菅原久誠の作品や歴史的建造物を活用した展示により、地域の記憶や風景をアートの視点から再解釈し、地域資源の文化的価値を可視化した。さらに、2021年から継続開催してきた蓄積により、同一会場であっても展示する作家や作品によって空間の印象が大きく変化したと来場者の声もあり、会場自体がもつ潜在的な魅力や再解釈の可能性を提示することができた。
2年ぶり4回目の開催となったが、今年度の地元大学における修士論文やレポートにおいて本事業が取り上げられ、地域における芸術実践の事例として学術研究の対象となったことは、活動の社会的意義と蓄積ができたと考えている。
加えて、加藤アキラ追悼展に関連して実施した調査・展示を通じて得られた情報は、地域の美術館に共有され、その作品が収蔵候補として検討されるに至った。
林麻依子によるツアーでは、萩原朔太郎記念館に常設されている作品も含めて解説が行われたことと、馬場川通りに常設展示された尾花賢一の作品をテーマにしたインスタレーションも、街中に点在する作品の理解を深めるきっかけになった。さらに、関連イベントを通じて作家と来場者の直接的な交流を促すことができた。運営面では、美術館関係者、地域団体、商店、大学等との連携により、小規模の事務局体制でも効率的に開催を遂行することができた。
活動の独自性
2021年から継続して開催してきた蓄積により、同一会場であっても参加作家や作品によって空間の印象が変化することが来場者の声があり、場所そのものがもつ歴史や記憶が、アートによって更新され続けているのではないかと受け止めている。会場を固定的な展示空間としてではなく、時間とともに意味が変容する文化資源として提示できたのではないだろうか。
加藤アキラ追悼展においては、調査・展示を通じて得られた情報が地域美術館へ提供され、作品の収蔵検討へと接続したほか、林麻依子による解説ツアーでは、既存の公共施設に設置された常設作品を再び鑑賞する機会を創出した。これにより、本事業が地域の文化資源の再評価や保存のプロセスに寄与する役割を担った。
総括
本事業は、2026年に初開催される前橋国際芸術祭に向けたプレイベントとして実施され、芸術祭関係者や地域団体との新たな関係構築を実現した。これまでya-gins主体で展開してきた活動をもとに、次年度以降は芸術祭との連携企画として他団体との協働企画を進めている。
一方で「River to River 川のほとりのアートフェス」として実施してきた活動のアーカイブも課題としてあるので、引き続き方法を模索し、いずれ形にして公開したい。
戦争による世界情勢の混乱もあるなか、前橋においては「めぶく。」をビジョンとした、⾏政や⺠間企業によるまちづくりが進み、ディベロッパーによる街の開発やコマーシャルギャラリーの進出から数年経ち、芸術祭でまた新たな局面を迎えると予測している。合わせて大規模な街中の開発や市長問題によって、民意の相違が可視化されている。そのような分断とも言える状況の中で、本事業のような独立した立場からの継続的な活動は、多様な価値観を支える基盤として重要な役割を担うものである。今後も地域の動向を踏まえながら、柔軟かつ持続的に活動を展開し、前橋における芸術文化に寄与していく。