活動の目的
本事業『みかんコレクティヴ2025』は、紀南アートウィーク2025-26のテーマ「ややこしき いざなみ」のもと、紀南という土地を、農・芸術・信仰・地域研究を横断する眼差しで多層的に読み解き、土地と人の関係性を編み直していくことを目的としたアート・プロジェクトである。
「ややこしき いざなみ」とは、一筋縄ではいかない、絡まり合った土地と人々の記憶、そしてそこに入り込む多様なまなざしを指すテーマである。イザナミがすべての始まりを担うカミとして熊野の地で祀られてきたことを一つの原点として、「自らの身体を動かすこと」「関心のおもむくままに訪ねること」を手がかりに、地元の人々・アーティスト・研究者と共に歩き、記録し、見直す実践を行うものである。
本事業はあわせて、「リサーチそのものをアートの実践と捉える」立場をとり、「動く」「記録する」「問い直す」という方法論を、年間を通じて貫いた。
2025年度は、本プロジェクトの中心的な実践の場である『コモンズ農園』(アーティスト廣瀬 智央氏とともに「公園のような農園」として構想してきた、和歌山県田辺市上秋津の共有地)の運用が本格的に始動する年と位置づけ、申請当初は同農園における作品展示や体験イベントを中心に据える計画としていた。しかし、農園が立つ場所そのものが、紀南の地形・段々畑・河川・里山、そして熊野信仰などの様々な空間構造のなかに深く編み込まれていることを改めて確認し、農園内に「展示する」ことよりも先に、農園を取り巻く土地や環境そのものを歩いて読み解くことが、本事業のテーマに対してより誠実な実践であると判断した。
これを受けて福武財団に予算配分の変更申請を行い、田辺・熊野・遠野へのリサーチツアー群を活動の中軸に据える形で、事業計画を再構成した。
活動の内容
本年度の活動は、大きく次の二つの活動から構成される。
A:コモンズ農園における体験的活動。
B:リサーチツアーおよびトーク(田辺/熊野/遠野を巡る一連のフィールドワーク)。
両者は別個に企画・運営されているが、「紀南という土地を多層的に読み解く」という本事業の通底するテーマのもとで、相互に響き合う関係にある。
【A)コモンズ農園における体験的活動】
中心アーティスト・廣瀬 智央氏の構想のもと、コモンズ農園(田辺市上秋津/三世代にわたって受け継がれてきたみかん畑、海を遠望する傾斜地)を「公園のような農園」として育てていくための、農作業を中心とした実践を継続的に行った。
ここでの取り組みの根幹にあるのは、市場原理に基づいて一方的に決定される「価格としての価値」や、気候変動・流通構造に大きく揺らぐ評価軸ではなく、この地で長く育まれてきた歴史・文脈のうえに「みかん本来の価値」を再発見しようとする姿勢である。農園の名前は「みかん(未完)の旅」。完成形を持たず、計画よりも応答、成果よりも過程を重んじる場として運営している。
・2025年8月 摘果・草引き:夏の畑でみかんの間引きと草刈りを参加者と共に行い、農園の手入れの基礎を共有した。
・2025年10月 苗木定樹会:里親に預けてきた苗木をコモンズ農園に植え替え、農園を「みかんを介した共同体」の場として束ね直した。
・2025年11月 除草・伐採作業:過密に育っていた樹木の伐採と除草を行い、ウッドデッキ・展望台・本の部屋などの今後の構想に向けた空間整備を進めた。
また、本年度の集大成として、コモンズ農園の現在地を伝えるリーフレット『〈みかんの旅〉のつくり方 An incomplete map of the Commons Farm』(2026年3月発行)を制作・配布した。
【B)リサーチツアーおよびトーク】
コモンズ農園の活動とは別に、田辺・熊野・遠野を結ぶ一連のリサーチツアーとトークを実施した。本年度は、当初計画から予算を一部組み替えて、このリサーチツアー群を活動の中核に加えた。
南方 熊楠(紀南)と柳田 國男(遠野)という、近代日本における二人の「周縁の知性」の交差を辿り直すことを思想的な補助線とし、テリトーリオ/文化的景観/山岳信仰/神話・民俗といった複数の枠組みを参照しながら、紀南という土地を立体的に読み直した。
①みかんダイアローグvol.8『テリトーリオとコモンズ農園 ──土地の物語を未来へつなぐ──』(2025年6月27日・オンライン)
建築家・植田 曉氏(NPO法人景観ネットワーク代表理事/文化的景観・景観まちづくり専門)をゲストに迎え、イタリア発祥の「テリトーリオ」――地形・農業・食・コミュニティが分かちがたく結びついた領域として地域を捉える発想――について、イタリアおよび北海道の実例を共有頂いた。
アーカイブ https://kinan-art.jp/info/21030/
②田辺のテリトーリオを巡る ツアー&座談会『田辺の文化的景観』(2025年10月18日)
コモンズ農園が位置する田辺市上秋津地区を対象に、テリトーリオの視点から地域の歴史と文化を掘り起こす一日を実施した。
前半の「ツアー『田辺のテリトーリオを巡る』」では、上秋津の柑橘農家であり紀州熊野地域づくり学校の校長でもある原 和男氏のガイドのもと、上秋津エリアを約2時間にわたって参加者と共に歩いた。鎌倉時代以来の武家の歴史、川上神社に祀られる女神と祭礼の変容、村境のお地蔵さん、江戸時代から変わらない水路など、「見えないものに目を凝らす」ことで立ち上がる土地の重層性を共有した。
後半の座談会『田辺の文化的景観』では、講師に植田 曉氏、地元からのゲストに問山 美海氏、岩佐 郁氏、中心アーティストの廣瀬 智央氏を迎え、テリトーリオと文化的景観の概念整理から、上秋津における暮らし・コミュニティ・移住、そしてコモンズ農園が「テリトーリオの象徴的な存在」として果たし得る役割まで、多面的に議論した。
アーカイブ https://kinan-art.jp/info/21288/
③遠野巡灯篭木'25「遠野畏景探訪」参加(2025年10月)
紀南(南方 熊楠)と遠野(柳田 國男)という、近代日本の南北で「割り切れないもの」を残し続けた周縁の地を結び直すため、アートユニット・大小島真(大小島 真木+辻 陽介)がゲストキュレーターを務める「遠野巡灯篭木(とおのめぐりとろげ)'25――遠野畏景探訪」に、実行委員長・藪本 雄登および小川 実咲が参加。4日間にわたるフィールドワークに身を置いた。
遠野で得た「とろげ」(境界が緩み、輪郭が溶けていく)の感覚は、紀南で進める「ややこしき いざなみ」の方向性を、「ややこしさを演出する」のではなく「すでにそこに在るややこしさに身を浸す」方向へと組み直す契機となった。
本リサーチの成果は、以下のレポートコラムとして発表した。
藪本 https://kinan-art.jp/info/21818/
小川 https://kinan-art.jp/info/21856/
④熊野三山アート・リサーチ・プログラム(2026年2月5日~8日)── 本年度の中核
本年度の活動の中核として、紀南・熊野地域の価値を自らの身体的経験として見直すことを目的に、2026年2月5日(木)~2月8日(日)の3泊4日にわたり、那智・新宮・本宮・南紀白浜を巡る少人数の集中型リサーチプログラムを実施した。
ゲストアーティストとして、生態系・水・循環をテーマに人工的な生態系の作品を展開してきた渡辺 志桜里氏と、20年以上にわたり修験道・山伏文化の実践を続ける坂本 大三郎氏(山形拠点)を迎えた。また、ツアー直前の出会いをきっかけに、遠野巡灯篭木のゲストキュレーターを務めたアートユニット「大小島真木」の大小島 真木氏・辻 陽介氏が合流。大小島の幼い息子・千花人氏も同行し、お燈祭りの炎の渦のなかにその身体を置いた。あわせて、紀南在住のアーティスト・石田 真也氏も帯同し、「水・生態系」(渡辺)、「山岳信仰・神話」(坂本)、「諏訪/遠野からの千鹿頭的想像力」(大小島)、「紀南の異界感覚」(石田)という、複数の視座が交差する大変興味深い場となった。
◆行程と協力者
・2月5日(木) 1日目
語りべ:のばなしコン氏(コンテンポラリーダンサー)、成田 瀧英氏(山伏)
行程:串本・潮岬 → 補陀洛山寺 → 熊野那智大社/那智山青岸渡寺。
海と山が交わる紀南の南端・潮岬から、補陀落渡海の信仰を受け継ぐ寺院、那智の聖域へと至る一日。
・2月6日(金) 2日目
語りべ:林 澄蓮氏(田並劇場)
行程:神倉神社 → 熊野速玉大社 → 花の窟神社 → 大馬神社 → 鬼ヶ城 → お燈祭りへの参加。
熊野信仰の原点とされる神倉神社のゴトビキ岩、熊野速玉大社、イザナミの墓所として伝わる花の窟神社などを巡り、夜には紀南地域を代表する祭礼「お燈祭り」(神倉山頂から538段の石段を松明を持って駆け下りる神事)に参加。土地の文化・歴史・記憶に身体的に触れた一日。
・2月7日(土) 3日目
語りべ:山田 良憲氏(語り部の会熊野古道中辺路会長)
行程:熊野本宮大社/大斎原 → 熊野古道歩き。
本宮大社と旧社地・大斎原に立ち、熊野古道を実際に歩く一日。
・2月8日(日) 4日目
行程:南紀白浜(崎の湯温泉/川久ミュージアム ほか)。
ツアーの締めくくりとして、南紀の温泉文化と、紀南におけるアートの拠点・川久ミュージアムを訪ねた。
ツアーの実施レポート https://kinan-art.jp/info/22474/
坂本 大三郎氏のエッセイ https://kinan-art.jp/info/22130/
藪本 雄登のエッセイ https://kinan-art.jp/info/22045/
本プログラムは紀南アートウィークが進める「熊野三山アート・リサーチ・プログラム」の一環として位置づけられ、渡辺・坂本両氏(および大小島氏、石田氏)の今後の作品制作、ならびに次年度以降の作家リサーチ・キュレーションのための基盤的なフィールドワークとしても機能した。
【A/Bのつながり】
コモンズ農園での農作業(A)と、田辺・熊野・遠野を巡るリサーチツアー(B)は、それぞれ独立した企画として運営される一方、参加者・スタッフ・本事業の関係者のなかでゆるやかに往復させることを意図して年間を通じて配置した。農園で育てる「みかん畑」が、紀南という土地・水・信仰・神話の網の目のなかに置かれていることを、ツアーで歩き、再び農園に戻って手を動かすことで、参加者の理解として身体化されていく――そのような循環を、本年度の事業設計の通底するテーマとした。
参加作家、参加人数
【参加作家】
■廣瀬 智央(コモンズ農園/中心アーティスト)
1963年東京生まれ、ミラノ在住。インスタレーション、環境への介入、彫刻、写真、ドローイングなど多様なメディウムで、境界を越えて異質な文化や事物を結びつける脱領域的な想像力を展開する現代美術家。コモンズ農園の構想・推進を担う中心アーティストとして、本年度は農園の運用開始(摘果・植樹・除草・伐採)と、田辺ツアー&座談会への登壇など、企画当初から継続的に関与頂いている。
■渡辺 志桜里(熊野三山リサーチプログラム/ゲストアーティスト)
1984年東京都生まれ、東京藝術大学美術学部彫刻科卒業、同大学院修了。代表作《サンルーム》など、生物全体の種の絶滅・保護・排除の関係性、生態系の視点からみた国家という共同体、民俗的慣習や祭事に潜在する自然と人間との営みに対する独自の観察を背景に、人工的な生態系を作品化してきた。本年度の熊野三山アート・リサーチ・プログラム(2026年2月5-8日)にゲストアーティストとして参加し、水・生態系・循環の視点から熊野を読み解いた。
■坂本 大三郎(熊野三山リサーチプログラム/ゲストアーティスト)
千葉県出身、山形県を拠点に活動。20年以上にわたり修験道・山伏文化の実践を続け、洞窟・山・川・森を制作と思考の場として、神話・民俗・信仰と現代社会の関係を問い直す作品を発表。documenta 15(2022)、Reborn-Art Festival、瀬戸内国際芸術祭2016、山形ビエンナーレなどに参加。著書『山伏と僕』『山伏ノート』『山の神々』ほか。本年度の熊野三山アート・リサーチ・プログラムに参加し、山岳信仰の身体性とイザナミ・イザナギ神話と熊野との結びつきについて現場での体験と知見を共有頂いた。エッセイ「火の中にうかぶ千年の死」を寄稿。
■大小島 真木/辻 陽介(アートユニット「大小島真」/遠野巡灯篭木'25 ゲストキュレーター、熊野三山リサーチプログラム合流)
大小島 真木氏は、絵画・映像・インスタレーションを通じて生命・神話・自然の重なりを描き続けるアーティスト。代表作の映像〈千鹿頭(ちかと)/2023年〉は、諏訪での滞在リサーチを経て制作され、「私たちもまた大地を喰らい、大地に喰らわれる存在である」という認識を提示する。本年度は「遠野巡灯篭木'25――遠野畏景探訪」のゲストキュレーターを務めた。さらに、本ツアー直前の偶然の出会いから、熊野三山アート・リサーチ・プログラム(2026年2月)にも合流。大小島の息子・千花人(ちかと)氏も同行し、お燈祭りの熱気のなかにその身体を置いた。母・大小島が諏訪・遠野で手繰り寄せた「千鹿頭」という神話と、息子の名・千花人が、紀南の剥き出しの「生」の現場で響き合う、本年度を象徴する場面となった。
■石田 真也(熊野三山リサーチプログラム/紀南在住アーティスト)
和歌山県在住のアーティスト。本年度の熊野三山アート・リサーチ・プログラム(2026年2月)に帯同し、紀南の異界感覚を独自の眼差しで読み解く視座をプログラムに持ち込んで頂いた。本年度後半に開催された「KAWAKYU ART Exhibition 2026 Winter 石田延命所『異界』展」へと連なる作家。
■植田 曉(みかんダイアローグvol.8/田辺座談会・講師)
建築家・文化的景観研究者。1963年北海道生まれ。工学院大学大学院修士課程修了、ローマ大学留学、博士(工学/法政大学)。NPO法人景観ネットワーク代表理事、合同会社風の記憶工場業務執行社員。著書『トスカーナ・オルチャ渓谷のテリトーリオ』ほか。本年度はみかんダイアローグvol.8、および10月18日の座談会『田辺の文化的景観』に登壇し、テリトーリオと文化的景観の理論的な補助線を提供頂いた。
【参加人数】
参加者層は、コモンズ農園の苗木の里親、近隣の柑橘農家、田辺市上秋津・白浜町を中心とする地域住民、県内外の研究者、大学生・大学院生、紀南アートウィークのファン層、熊野三山プログラム(少人数制)に参加した県外参加者まで、多層に広がった。全イベントを通じた延べ参加者数は約150名に達した。
他機関との連携
【地元の連携/協力】
本事業は、紀南で活動するアーティスト・パートナー・地域の方々の協力なしには成立し得なかった。本年度の主な協力者は次のとおりである。
・小谷 大蔵氏(田辺市の柑橘農家、関係人口プログラムなどにも積極的に参画する意欲的な若手農家)――コモンズ農園での作業時のアドバイスなど。
・川崎 貴光氏(和歌山県内で映画上映会を実施、コモンズ農園の園地を以前管理していた)――コモンズ農園での作業時のサポートなど。
・原 和男氏(上秋津の柑橘農家/紀州熊野地域づくり学校 校長)――10月18日の田辺ツアーをガイド。
・問山 美海氏(田辺市地域おこし協力隊/秋津野ガルテン)――田辺座談会にゲスト登壇。
・岩佐 郁氏(田辺出身/インタープリター・熊野古道語り部)――田辺座談会にゲスト登壇(コモンズ農園の土地は岩佐氏の祖母の代から借りている)。
・林 澄蓮氏(田並劇場)――熊野三山プログラム2日目(2026年2月6日)の語りべ。地元パートナーとして本事業全体を支援。
・のばなしコン氏(コンテンポラリーダンサー)――熊野三山プログラム1日目(2026年2月5日)の語りべ。地元パートナーとして本事業全体を支援。
・成田 瀧英氏(山伏)――熊野三山プログラム1日目(2026年2月5日)の語りべ。
・山田 良憲氏(語り部の会熊野古道中辺路会長)――熊野三山プログラム3日目(2026年2月7日)の語りべ。
【域外との連携】
「遠野巡灯篭木'25」(ディレクター:富川 岳氏/ゲストキュレーター:アートユニット「大小島真」=大小島真木氏+辻陽介氏)への参加を通じて、岩手県遠野市の関係者・出演者ネットワークと接続した。とりわけ、五百羅漢を案内頂いた語り手、ハヤチネンダ、山歩きをご一緒した狩猟者・蜂谷淳平氏、六神石神社「板澤しし踊り」の継承者の方々には、遠野の民俗・狩猟・芸能の現場を内側から共有頂いた。
また、本リサーチに先立つ思想的な導線として、富川岳氏の著書『シシになる。――遠野異界探訪記――』(亜紀書房、2025年)が大きな役割を果たした。紀南(南方 熊楠)と遠野(柳田 國男)を結ぶ比較民俗・周縁の知性の系譜を、本年度の事業の理論的補助線として置いた。
【助成・パートナーシップ】
本助成(公益財団法人 福武財団)に加え、コモンズ農園リーフレット『〈みかんの旅〉のつくり方』の制作にあたっては、アーティスト廣瀬 智央氏の申請を通して、公益財団法人 小笠原敏晶記念財団のご支援を頂いた。
活動の効果
第一に、事業の軸を「展示」から「体験/リサーチ」へと組み直したことにより、参加者が紀南/熊野の地理・歴史・産業・信仰の重層性を、頭での理解にとどまらず、歩く・耕す・対話するという身体的経験を通して獲得することができた。
第二に、コモンズ農園が、植樹・農作業・対話を含む共有地として実装段階に入った。里親が育てた苗木が植えられ、近隣農家・住民・参加者が交差する場として、「公園のような農園」のコンセプトが、構想から実際の運用へと移行した。
第三に、田辺・熊野・遠野を結ぶリサーチを通じて、コモンズ農園のみかん畑が、上秋津のテリトーリオ/熊野信仰圏/南方熊楠-柳田國男的な周縁の知の系譜のなかに位置づけられる広域の地理として把握されるようになり、本事業に関わる関係者のあいだに、紀南を語るための共通言語が新たに生まれた。
第四に、本年度の集大成として制作したリーフレット『〈みかんの旅〉のつくり方 An incomplete map of the Commons Farm』により、コモンズ農園のコンセプトと現在地が、印刷物として可視化された。「みかん(未完)の旅」という言葉どおり、完成図を持たない継続的な営みを、関係者・潜在的協力者に手渡せる形にできた意義は大きい。
客観的指標としては、年間実施イベント数:10件/延べ参加者数:約150名/メディア掲載数:5件/受け入れ大学・研究者・学生:8名/ポッドキャスト配信数:9本/公式HP関連投稿数:22本/年度中の公式HP閲覧数:約4万PV/年度中の公式インスタ投稿閲覧数:約9万、を確認している。
活動の独自性
第一に、本事業は、特定の会期と会場のなかで「展示」を主軸に据える地域芸術祭の標準形ではなく、対話と実践のプラットフォームとしての紀南アートウィークを軸として、コモンズ農園という共有地の生成と、土地を実際に歩いて読み解くリサーチツアーを主軸に据えている。可視的なアウトプット以上に、関係性の蓄積、知の積層、場の生成こそが本来の成果として位置づけられている。
第二に、本事業は、コモンズ農園の名のとおり、所有や効率ではなく「時間」と「関係」の共有を中心に据え、農作業・対話・滞在・上映・読書といった多様な営みが共存する「未完の場」を志向している。
第三に、本事業は、紀南という土地を、テリトーリオ/文化的景観/熊野信仰圏/南方熊楠的な周縁の知性、といった複数の枠組みを参照軸として導入することで、観光資源や産品の単線的な物語へと還元せず、歴史・信仰・生態系・産業が織り重なるテリトリーとして改めて捉えなおそうとする試みとなっている。とりわけ、紀南と遠野を結び直すことで、日本列島の南北の周縁から「割り切れないもの」を立ち上げる地理的な布置を浮かび上がらせている点に、本年のプロジェクトとの特異性があると考えている。
総括
2025年度は、計画変更を経て「展示中心」から「リサーチ中心」へと事業の軸を組み直した一年であった。
結果として、紀南・熊野・遠野を多層的に読み解くプラットフォームとしての紀南アートウィーク、および『みかんコレクティヴ』の輪郭がより明確となり、コモンズ農園は、植樹・農作業・対話の場として実装段階に入った。とりわけ、本年度の中核となった熊野三山アート・リサーチ・プログラムと、それに先立つ田辺のテリトーリオ・ツアー、および遠野巡灯篭木'25への参加は、コモンズ農園のみかん畑を、紀南および日本列島の周縁的な知のネットワークのなかに位置づけ直すうえで決定的な経験となり、次年度以降の作品制作・キュレーション・地域連携の出発点となる視座を得ることができた。
他方で、課題も明確になった。
①可視的なアウトプット(展覧会・刊行物・映像など)の継続的な制作・発信
②参加者層のさらなる多様化と関与頻度の引き上げ
③ツアーで得られた知見の体系的アーカイブ化
④コモンズ農園の運営体制(人材の確保・収支構造)の制度化
⑤紀南/熊野という固有の文脈をグローバルな文脈へ接続する翻訳作業(多言語化を含む)
これらは2026年度以降に取り組むべき宿題として残された。
末筆ながら、本事業に対して多大なご支援を賜りました公益財団法人福武財団、ならびにご協力を頂きましたアーティスト、地元のパートナー、参加者の皆様に、心より厚く御礼申し上げます。