活動の目的
江戸期からの希少な町並みが残る福山市鞆町において、大正期に建築された町家である吉本家は鞆の浦の町家意匠の変遷を知る上で重要な建築物であり、その文化的価値は高いものである。私たちは、この吉本家における希少性を鞆の建築文化の側面から明らかにするとともに、その保全利活用を具現化するべく修復及び事業化検討を進めていくことを目的としている。
2021年度は、2020年度の調査にて得られた知見をもとに、登録文化財申請に向けたサーベイの実施及び、建物改修に向けた緊急修繕(屋根構造部)の実施が目的となる。
活動の経過
当初計画においては、鞆の浦の住民を広く勧誘して建物保全に向けた知識研鑽を図るワークショップ開催、そして登録文化財に向けた計画申請を予定していた。しかし、新型コロナウィルス感染に伴い、このようなイベント的な事業を行うことは困難となったことから、建築価値を定量的に評価するための学術調査、及び今後の利活用にあたって緊急的に必要となる建物改修を主な活動として実行した。
2021年10月には、奈良女子大学藤田教授による吉本家建物に関する詳細調査(2020年に引き続き実施したもの)を実施、翌年度以降速やかに登録文化財申請を行うための調査報告書を収受した。
他方、前年度調査にて明らかになった建物屋根部の腐食と、腐食にともなう主要構造部への傷みが激しいことから、今後の利活用にあたってまず必要となる屋根部材の補強工事を2021年9月下旬より実施、完全ではないものの今後の利活用において最低限必要な補修工事を実施したものである。
なお、計画対象次期外ではあるが、2022年4月には藤田教授による調査資料を貼付のうえ、福山市文化財課に対して本件建物の登録文化財申請を行った。
活動の成果
2021年度活動によって、大まかに2点の成果が得られた。
1 建物の希少性に基づき登録文化財申請準備ができたこと
●2020年からの2か年調査に基づき、吉本家の登録文化財申請に向けた基礎調査を完了させることができた。これによれば、吉本家は大正6年以前に建設された近代の小規模工業経営者の典型的家屋であり、中庭には茶室も建てて会社経営者にふさわしい接客機能を設けているほか、女中部屋が入る角部屋も設けられているなど、当時の生活様式を色濃く反映している。
●離れ座敷の2階天井には屋久杉を使用する等、高級な仕上げも見られ、一部建物については明治時代若しくはそれ以前の建築とも指摘されている。
●複数建物から構成される吉本家は明治時代の港町としての鞆の浦の景観を示す貴重な建造物である可能性が高いと評価されている。
2 吉本家の緊急修繕が実施できたこと
●2020年度報告にて指摘させて頂いた通り、本件建物については特に主屋の屋根構造部に激しい傷みがあり、これに伴って主要構造部へ腐食が発生しているとの指摘を受けている。
●これを急ぎ解消するため、2021年9月より主屋の屋根構造部に対してブルーシートを展開し、漏水を防ぐようにしたうえで、腐食した屋根及び柱、床及び梁の一部の補強交換を行うなど、建物の腐食を防止する措置を行った。
●これら補強交換工事によって、今後漏水による腐食が発生する可能性を下げることができた。
なお、本件助成対象外であるが、2021年度の観光庁補助金との併用によって、本建物の利活用に向けた改修工事を行い、2022年2月末に完了している。
活動の課題
本建物の所有会社として、新たに合同会社鞆鋲釘(以下、所有会社)を設立し、2022年2月17日付にて物件売買を実行した。これにより所有者による建物管理から、融資によって設立された所有会社による管理へと管理形態が移行した。
今後は、所有会社から合同会社鞆まちづくり会社が賃借したうえで、2022年7月頃を目途にワークプレイス及びゲストハウスとして開業する予定である。
本建物の利活用によって収益を得ながら、かかる収益を建物の維持管理、改修費用に充当させていくことによって、鞆の浦における自立的な建物保全を目指していく。
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吉本家 居室(竣工後)
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吉本家 工事中写真
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吉本家 吹き抜け空間(竣工後)