活動の目的
埼玉県東松山市の高齢者福祉施設「デイサービス楽らく」(以下、楽らく)に、年間を通じて様々なアーティストが滞在。作品制作やリサーチを通じて利用者や職員と文化的な交流を重ねることにより、予定調和ともなりがちな施設での日常に、非日常的な要素と、新たな出会いや発見をもたらす。また楽らくを拠点に地域に活動が開かれることにより、福祉施設が特定の人のためだけの場所ではなく、地域内の様々な人にとっての文化的な出会い・交流が起こる「福祉施設であり文化施設でもある」場所として機能することを目指す。また活動を通じて、関わる人々がケアの創造性に触れるとともに、その概念を広げ・深めていくことを目指している。
活動の内容
<アソシエイトアーティストによる活動>
1 利用者から思い出の曲を募集し、架空のラジオ番組を作るワークショップを実施。リクエスト曲と共にエピソードを聞いた。
2 利用者の思い出の写真とエピソードをリサーチ。パネル化し、楽らくと市内のcomeya galleryで写真展を開催した。
3 楽らくの日常を題材にした舞台作品を創作。利用者や職員も出演し、楽らくと東松山市民文化センターで上演した。また、内容を深めるトークを同時開催した。
<公募アーティストによる活動>
施設の日常活動で使えるオリジナルの体操道具や、滞在エピソードが混ざった物語などを創作した。滞在を通じ、若手アーティストが福祉現場でのアート活動の経験を積む機会を創出した。
参加作家、参加人数
アソシエイトアーティスト/白神ももこ、アサダワタル、吉田幸平・吉田和古
公募アーティスト/松橋和也、安村卓士
舞台作品鑑賞者/延べ174名
写真展鑑賞者/約180名、展示に応募した利用者17名
他機関との連携
一般社団法人ベンチと共同で事業を主催。プロジェクトによって、東松山市民文化センター、comeya galleryとも共同で事業を主催した。またNHKさいたま放送局が継続的に事業を取材。NHK総合にて放映いただいた。
活動の効果
利用者とアーティストとの多様な出会いが生まれた。多くの利用者はアーティストと過ごす時間を楽しんでおり、生き生きとした様子が伺えた。職員は、当初は施設に外部からアーティストが来ることのイメージがつかなかったが、アーティストの人柄や利用者の変化に接する中、自然に連携協力する関係が生まれていった。また作品発表を通じて、福祉との連携に関心の高い芸術文化関係者や、地域の人々が取り組みを知る機会が創出された。
活動の独自性
本事業の特徴は、アーティストがそれぞれ独自の時間の使い方を通じて利用者や職員、地域住民と交流することだ。アーティストが宿泊する機能を常設的に持ち、レジデンスプログラムが継続的に行われている高齢者福祉施設は、他に類のない場所と言えるだろう。本事業では、アーティストの役割は「先生」ではない。滞在を通じて利用者、職員との関係を構築し、アーティストならではの視点から様々な提案をすることにより、施設に新たな価値観をもたらすことに本質がある。実施において、福祉の現場にとっての価値観と、アーティストが大事にする価値観を共に尊重する体制を作っていることも、特筆点として挙げられる。
総括
2022年6月に移転新築した福祉施設内に、アーティスト1名が宿泊して創作活動可能なスペースを設け、プロジェクトが始まった。利用者の中には、これまで長らく話してこなかったエピソードを初めて語ってくれた方や、アーティストと踊る時には普段必要な歩行器を全く使わなくなる方、思い出の曲をラジオで紹介してくれて嬉しかったと繰り返し語る方など、プロジェクトへの関わりが刺激となったことが伺える方が幾人もいた。特定のサービスの提供を目的に施設全体の仕組みがデザインされることが多い福祉施設において、アーティストという存在を受け入れることは大きな挑戦だったが、アーティストの眼差しを通じて様々な気づきが生まれ、介護の仕事の即興性や創造性を捉え直す機会ともなった。またアーティストにとっても、特別な存在して扱われない環境に身を置くことで、自身や表現のあり方を問い直し、深める結果となった。今後の課題として、これら価値の言語化と発信、福祉と芸術をつなぐ人材の育成、地域との交流の深化などが挙げられる。老いや認知症をネガティブな側面だけではなく、高齢者一人ひとりに積み重ねられた歴史や言語化されない豊かな知恵などを側面から捉え直し発信することにより、高齢者や福祉施設に対する社会の価値観を更新できるよう、今後も取り組みを続けたい。
-
白神ももこダンス公演
-
アサダワタル「楽らくラジオ」
-
coyema吉田幸平・吉田和古写真展