活動の目的
広島県西部の安芸地方は真宗信仰に篤い地域として知られ、その信徒は「安芸門徒」と呼ばれている。本研究では安芸門徒の信仰生活で育まれた食文化に着目し、特に1月中旬の「おたんや(御正忌等とも呼ぶ)」という行事で食される精進料理「煮ごめ(写真左)」を中心に調査を行った。本研究の目的は、安芸門徒や真宗寺院における行事食の実態を明らかにすることを通して、その歴史的変容や文化的価値を考察することにある。
活動の経過
○関連する先行研究や地方出版物、一次史料の収集などの文献調査を行った。近現代に刊行された自治体史に加え、19世紀初頭に編纂された広島藩の地誌『芸藩通志』や、その作成過程で領内の町村から提出された『国郡志下調べ帳』等の史料から安芸門徒の歴史や習俗を調査した。
○広島県健康福祉局を通して広島県食生活改善推進員協議会に協力を依頼し、会員を中心に「煮ごめ」に関するアンケート調査を実施した。211名の回答から、煮ごめの認知度、喫食率、呼称、材料等を分析し、煮ごめが伝承されているエリアや地域固有の呼称を調べた。また、一部会員への聞き取りからは、昭和初期の実体験が語られ、当時の様子について情報収集ができた。広島県安芸郡府中町の女性グループ「のぞみの会」には、実際に煮ごめの調理実演を依頼し、ご指導をいただいた。
○浄土真宗本願寺派安芸教区、真宗大谷派山陽教区安芸北組・安芸南組の寺院に対して寺院での行事食について郵送でアンケート調査を行った。回答を得た寺院のうち、現在も行事の際に門徒の当番制で斎(とき)を作っている呉市・西教寺に協力をいただき、おたんやにて実地調査を行った(写真中央、右)。
活動の成果
「煮ごめ」は小豆と大根、人参、ゴボウ、レンコンなどの根菜や油揚げなどをさいの目切りにして炊いた煮物である。1月中旬に行われる浄土真宗の開祖親鸞の忌日法要(おたんや・御正忌)の際に食されてきた行事食である。安芸門徒はこの時期に精進する習慣があり、かつては煮ごめを鍋いっぱいに調理し、何度も煮返して食べたという。『芸藩通志』(1825)には「毎歳祖師の忌、11月22日より28日まで素食し、漁猟をせず、その他の諸宗も、各その祖師の忌を修すれど、親鸞宗のごとくなるはなし」とあり、この頃には既に精進を行っていた様子が確認できた。
広島県食生活改善推進員協議会へのアンケート結果からは、煮ごめは広島県西部で認知度・喫食率ともに高く、東部では低い傾向が明らかになった。これは安芸門徒が安芸地方を中心に存在するためであると考えられ、行事食の煮ごめもそのエリアから外部へはさほど波及していないことを示していると言える。また、「煮込み」「八寸」「おおびら」「こにしめ」など地域固有の呼称が確認できた。
寺院へのアンケート調査は約200カ寺から回答を得た。回答からは、おたんやだけに限らず、各寺の取越報恩講でも「煮ごめ」を出している場合も少なくないことがわかった。また、おたんやでも「煮ごめ」だけでなく「ぜんざい」や「小豆粥」等も作られており、地域あるいは寺院によりさまざまな行事食が存在することが明らかになった。
また、今回の助成研究で、調査対象となる地域団体や寺院関係者との関係が構築できたのも今後の研究に向けての大きな成果である。
活動の課題
安芸門徒と煮ごめとの関係の深さが明らかになったが、真宗寺院でも門徒個人でも行事食を食す機会は著しく減少傾向にあった。その文化的価値を明らかにするには、調査結果のさらなる分析、寺院への実地調査に加え、聞き取りによるオーラル・ヒストリーの文章化も課題である。
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煮ごめ(協力:安芸郡府中町のぞみの会)
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法話の様子(呉市・西教寺長ノ木本坊)
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斎の調理風景(呉市・西教寺長ノ木本坊)