瀬戸内海地域振興助成成果報告アーカイブ

里海瀬戸内海に産する生きた化石カブトガニの保全に関する研究

広島大学 大塚 攻

実施期間

活動の目的

瀬戸内海に生息する絶滅危惧種カブトガニの生息地、特に国や地方自治体による保護法が施行されていない広島県、福岡県での生息実態調査を実施する。また、保全における諸問題を実地・聞き取り調査によって整理して、保全の重要性について地域住民に対する啓発活動、行政者への保全策の提言、マスコミを通じての保全の機運の醸成が本研究の目的であった。

活動の経過

広島県竹原市ハチ干潟(2016年4月~現在)、江田島市江田島湾(2016年7~9月)、福岡県曽根干潟(2016年7月16~18日)において、カブトガニの幼体分布密度、産卵状況、産卵場所の環境分析、遺伝子組成などの調査を行った。竹原市内の小学校(2016年4月19日)、高等学校(2016年11月12日)で保全の意義について講演会を実施した。竹原市長吉田基氏に面談して保全策策定を要請した(2016年7月8日)。広島県生物多様性広島戦略会議普及・啓発分科会でカブトガニを県条例保護指定種に選定するように提案し、県としても検討するという結論に導いた(2016年10月31日)。保全用パンフレット、親近感のあるキャラクターも開発した。論文「広島県の主要産地(江田島市、竹原市)における絶滅危惧種カブトガニの生息状況」をとりまとめ、学術誌日本ベントス学会報へ投稿し、現在査読中(判定「改訂後受理可能」)である。2017年2月18日に「日本のカブトガニの保全に関するシンポジウム」を広島大学で開催し、7題の講演、70名を超える参加者があった。保全について活発な討議を行い、さらにマスコミ関係者からも注目された。

活動の成果

研究成果:広島県において、近年の新規加入は竹原市ハチ干潟において明確であるものの、産卵つがいは毎年数ペアという小規模であることが判明した。遺伝子解析により本個体群は瀬戸内海在来型であると推定された。江田島市では幼体が発見できず、産卵、新規加入はまれか全く起こっておらず、1999年から現在までの長期間の調査によって絶滅の危機にあることが明瞭になった。
曽根干潟は日本を代表する生息地であることが再確認された。本調査で幼体生息数は干潟全体で数千~数万規模と推定された。2016年夏に原因不明の成体の大量死が起こるなど、死因を調査して保全対策を講じる必要がある。産卵地の堆積物粒度分析の結果、従来考えられていたより粗めの粒子が堆積する場所でも産卵が起こることも明らかにした。
両県での調査から、漁業者との調整の困難さ、行政者の保全に対する関心の低さ・即応性の無さ、科学的データー、特に産卵場所の特定、生息密度、越冬場所などに関する情報が不足していることが明らかになった。
啓発活動:パンフレットを作成し、保護団体、竹原市役所、広島県庁、地元小中高などに配布し、広島大学関連ホームページからも自由にダウンロードできるシステムを構築した。子どもにも親しんでもらえるキャラクターグッズ開発も進行中である。シンポジウム、講演会を通して次世代ヘカブトガニを含む生物多様性が重要であることを説く機会を多数得た。広島県が条例指定種の選定を見直す(カブトガニの新規指定も含む)ことを了承したことは一つの成果であった。シンポジウム開催によって人的ネットワーク作りの基礎となった。マスコミも大きな関心を示し、新聞、ラジオ、テレビで報道された。さらにNHKがテレビ番組などを今後組む予定があるとのことで取材協力の要請を受けた。文部科学省の文教速報にもシンポジウム関連記事を投稿した。

活動の課題

カブトガニ保全策を策定・施行する行政者の理解、即応を求めることが極めて困難であることを実感し、新聞、テレビなどのマスコミの協力を得ながら地道に世論形成をする必要性を痛感している。一方、保全活動が一過性にならないように考慮する必要がある。カブトガニの幼体分布密度、産卵場所の特定などに関する科学的データの収集を重ねていく。

  • 竹原市ハチ干潟で発見された成体雌雄のつがい

  • 曽根干潟でのカブトガニ成体の大量死

  • シンポジウムにおける講演