活動の目的
岡山県内には香川県内に住む石工銘が刻まれた狛犬や、その系譜を引くと考えられる狛犬が認められる。これらの狛犬は商品としての流通や石工同士の交流によって岡山県内にもたらされたものと考えられる。両県の狛犬を考古学的な観点から比較・検討することによって、瀬戸内海を挟んだ備讃地域の石工の活動および石造物の流通について考察することが本調査・研究の目的である。なお、研究の対象時期は主に近世・近代となる。
活動の経過
香川県の狛犬の実態を把握するためには、まずはその悉皆調査が必要となるが、それには多大な時間がかかることが想定される。そこで香川県を西讃地域と東讃地域に分割し、2カ年計画で調査を実施していくこととした。本年度は西讃地域(坂出市・綾川町・丸亀市・琴平町・まんのう町・多度津町・善通寺市・三豊市・観音寺市)の狛犬調査を実施した。調査はまず、地形図などで該当地域の神社・寺院等の所在を確認することから始めた。また、並行して図書館において石工や石造物に関する資料を検索した。その後、実際に神社・寺院等に所在する石造狛犬について悉皆調査を開始し、データカードを作成した。狛犬の形態は写真撮影によって記録し、サイズの計測および、石工銘・奉納時期などを銘文から読みとった。データのカード化および集計はパソコンを用いて行った。
現在は、データの分析途上であるが、西讃地域独特の狛犬(西讃型狛犬)と丸亀中村屋銘狛犬を多数確認することができた。これらの分布・形態的変遷を明確化するとともに、岡山県側への狛犬の流通形態の一端を見通すことができた。
活動の成果
まず、今回の調査による全体的成果としては、西讃地域に約800対の狛犬が存在することを確認できた。最も古いものは、琴平町金毘羅宮に奉納された宝暦丁丑(1757)の年号のある青銅製狛犬であるが、石造の狛犬においても多度津町高見島の祇園神社に宝暦11年(1761)の年号が刻まれたものがあることがわかった。時期的数量変化は表の通りである。幕末期、明治末、昭和10年代、バブル期と四つの大きなピークが認められる。
次に、個別の成果としては以下にあげるものがある。
1 西讃型狛犬の変遷と分布
西讃型狛犬とは、金毘羅宮に天明元年(1781)に奉納された最古の出雲型狛犬を模倣して、丸亀市郡家町の宮武姓石工が作り始めたものである。郡家石工に続いて多度津石工なども制作を始め、丸亀市や三豊市を中心に約180対を確認できた。
2 丸亀中村屋銘狛犬の変遷と分布
丸亀石工中村屋銘の狛犬については、36対を確認し、その大まかな変遷と分布を把握できた。初期には大阪の狛犬の影響を受けているが、幕末期以降は西讃岐型狛犬を制作している。丸亀市を中心に分布しているが、岡山県内にも4対が奉納されている。
3 岡山県側への影響・石工の活動
岡山県内の玉島石工や彦崎石工が西讃型狛犬の影響を受けていることは既に把握していたが、そのルーツを含め、さらに細かい分析を進めるための資料を得ることができた。また、丸亀石工中村屋は、石工銘の刻む位置を変えることで、流通形態を差別化していることが判明し、岡山県側には狛犬本体のみを製品として流通させていることが明確化できた。
活動の課題
今回の調査では香川県の西半分の狛犬を把握できたが、最終的には東讃地域の狛犬調査成果と併せた全体の分析が必要となる。これによって、庵治石工の狛犬や中讃地域独特の狛犬なども含めた備讃地域の狛犬の地域性が把握可能となり、流通や石工の交流といった関係性をあぶり出す有効な資料になるものと考えられる。
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最も古い西讃型狛犬(丸亀市 神野神社)
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丸亀石工中村屋銘の狛犬(丸亀市 中津八幡神社)
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西讃地域における狛犬奉納数の変化