活動の目的
本研究は、在園者数の減少と高齢化が進む国立療養所大島青松園で、在園者の声を可能なかぎり記録、公開し、それをもとに療養所と療養者の生を考察することを目的とするものである。その際、従来の聞きとりにみられるような、ひとりないし数名の聞き手が、ひとりの話し手の語りを一方的に聞くという形式ではなく、複数人が集まり、そこでの語らいを記録することとし、その場を〈話のアトリエ〉と名づけて実践することを目指した。
活動の経過
当初想定していた〈話のアトリエ〉の構成員は、おもに複数の在園者とわれわれ(研究者と共同研究者)だった。しかし、2014年が大島青松園のキリスト教信徒団体「霊交会」の創立100周年にあたることなどを勘案して、その範囲をひろげて実施することとした。それは、大島青松園内にある霊交会教会堂を会場として、100周年によせた連続講演会を開催し、そこに、在園者とわれわれのみならず、島外者も一堂に会する〈話のアトリエ〉を編むというものである。連続講演会は、滋賀大学環境総合研究センターのプロジェクト研究「療養所空間における〈生環境〉をめぐる実証研究」(代表 阿部安成)のメンバーの協力も得て、7月から11月にかけて5回にわたって開催した。講師は、石居が1回、阿部が2回、そのほかに宮本結佳(滋賀大学)、田中キャサリン(大手前大学)が、各1回務めた。講演会とは名づけたものの、ここでの講演は、その後に続く語らいのための話題提供としての位置づけであり、講演の内容が呼び水となって、島外者からはさまざまな問いが発せられるとともに、在園者からは、現在と過去とを往還しつつ、豊かな生の軌跡が語られることとなった。
活動の成果
成果としては、まず「国立療養所大島青松園 キリスト教霊交会 創立100周年記念 連続講演会」を開催したことがあげられる。全5回の構成は、①阿部安成「療養所の外へ、島の外へ――霊交会創設者の墓前礼拝」(7月27日)、②石居人也「わたり、わたす、療養者」(8月24日)、③宮本結佳「大島における食をめぐるつながり」(9月7日)、④田中キャサリン「エリクソン夫婦と長田穂波」(10月26日)、⑤阿部安成「療養所と療養者の100年を考える」(11月9日)である。
それぞれに、霊交会の創設信徒のひとり、三宅官之治の郷里での在園者の墓前礼拝の姿(①)、大島から熊本の療養所を経て沖縄にわたり、沖縄の療養所の基礎を築いた青木恵哉と、霊交会員たちとの関係(②)、在園者の生にとって欠かすことのできない食に着目して見つめた、大島での人びとのつながり(③)、霊交会の草創期を支えたキリスト者で、その記念碑が霊交会教会堂の前庭に立つエリクソン夫妻と、創設信徒のひとりである長田穂波との、詩作における交わり(④)、霊交会の100周年(11月11日)を目前にした、その100年の意味(⑤)に迫ろうとするものであった。
開催にあたっては、在園者の参加のしやすさと、島外者が実際に療養所へ足を運ぶことの意味とを重視して、大島を会場にすることとした。こうして、療養者が日常を生きる場としての療養所に療養者と島外者とが集い、語り、その声を聴くことは、何ものにも代えがたい意味をもつといえよう。
本研究に関する活字による成果には、阿部『島で―ハンセン病療養所の百年―』(サンライズ出版、2015年)、阿部・石居「series話トリエ1 あれからずっと、あれから、ずっと―国立療養所大島青松園在住者の顕彰碑をめぐるその後―」(滋賀大学経済学部Working Paper Series No.211、2014年)、阿部「series話トリエ2 サミシイオモイ―〈話トリエ〉のなりたちにさかのぼって―」(同 No.213、同)、阿部「series話トリエ3 療養所の外へ、島の外へ―キリスト教霊交会創設者の墓前礼拝―」(同 No.219、同)などがあり、滋賀大学の学術情報リポジトリ(http://libdspace.biwako.shiga-u.ac.jp/dspace/)でも公開している。
活動の課題
〈話のアトリエ〉実施に際しては、参加いただくはずだった在園者が体調不良に陥る事態にも見舞われた。聞きとりの実施と方法の工夫とが喫緊の課題であることが、あらためて浮き彫りになったといえよう。在園者の過度な負担を避ける意味でも、今回のような方法は一定の有効性をもちうる。2015年度以降も、工夫をかさねつつ、継続的に実施する必要があると考えている。