活動の目的
「岡山の鱒」演奏会実行委員会は、岡山県出身の若き演奏家五人、ヴァイオリンの守屋剛志、ヴィオラの景山奏、チェロの山田健史、コントラバスの河本直樹、ピアノの中山恵によって平成23年11月に結成された。
岡山は音楽活動が盛んな地で、県内には状態の良いホールが多数あり、オーケストラや合唱、吹奏楽、オペラそしてソロリサイタルなどのコンサートが頻繁に行われている。そんな中、一見地味ではあるが奥深い「室内楽」という分野のコンサートは数少ない。室内楽とは、二人以上十人程度の演奏者で演奏される合奏、重奏のことである。室内楽が定着しない理由の一つに「わかりにくさ」が挙げられよう。例えば、ソロ(一人)の場合は、華やかなソリストひとりに注目すればよいので、聴き手はわかりやすく、集中して聴くことができる。またオーケストラでは、弦楽器、管楽器、打楽器など多種多様な楽器を大人数で奏で、そこから生まれる絢爛豪華な響きを楽しむことができるし、オーケストラを統率する指揮者の動きに注目することも、わかりやすい楽しみ方の一つである。その点、室内楽は、ソロのような華やかさ、オーケストラのような迫力には欠けるかもしれない。しかしながらクラシック音楽の真髄とは、室内楽にあると言われている。ごく少人数での対話、集団に埋もれることなく「個」として存在し、相手の音を聴き、自分も表現に参加していく。その室内楽の魅力、奥深さを、五人はそれぞれの研鑚の地で学び、吸収してきた。いよいよ故郷の岡山でその成果を披露することで、岡山における室内楽の普及と発展を目的としている。
活動の経過
守屋剛志、景山奏、山田健史、河本直樹、中山恵の五人は全員、幼少期を岡山で過ごした。守屋と中山は岡山大学教育学部附属小・中学校の同級生、河本と中山は岡山県立岡山城東高等学校の同級生、そして守屋、景山、山田、河本は岡山市ジュニアオーケストラのOBである。
東京で活動した中山が平成23年6月に、ドイツ・ハンブルクの室内楽オーケストラにいた河本が平成24年2月に相次いで帰郷して、岡山に拠点を移した。ピアノとコントラバスが参加する室内楽となると、演奏できる曲がかなり限られてくるが、傑作が一つ存在する。シューベルトが作曲したピアノ五重奏曲「鱒」である。メロディーが広く親しまれ、音楽の教科書にも載るほどである。そんな「鱒」を岡山で演奏し、我々の成長と故郷への感謝を表現しようと、守屋、景山、山田に持ちかけ、最初のコンサート「2012年度ルネス・クラシックシリーズvol.2 故郷に戻る五色の鱒~室内楽の夕べ~」(平成24年6月6日ルネスホール)を企画・開催した。水曜日の夜にもかかわらず、ルネスホール開館以来最多入場者となる319名の超満員の聴衆が来場し大好評を博した。当日の模様は、山陽新聞社社説「滴一滴」(6月10日付)に「岡山を活動の原点と位置付け各地で頑張る姿に、あらためてふるさとの大切さを教えられた」と掲載され、「今後も続けてほしい」という声を多数いただいた。演奏者五人全員が、継続に意欲的であったため、翌年、第二回目となる本公演「2013年度ルネス・クラシックシリーズvol.3 あの鱒から一年 挑戦は続く~室内楽のつどい~」を企画・開催した。
活動の成果
「故郷に戻る五色の鱒」では、前半に各自のソロ演奏、そして後半に全員揃って「鱒」を演奏するというプログラム構成を取り入れたところ、前半にソロの音色を聴くことで後半の室内楽が違和感なく聴き入ることができた、と好評をいただいた。そのため、本公演でも同じプログラム構成を採用した。
しかし、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ピアノという五つの楽器の組み合わせによる室内楽作品は、名作「鱒」があるものの、その珍しい編成ゆえに作品数が極端に少ない。それならば新しい作品を書いてもらおう、という斬新な発想のもと、岡山在住の作曲家・上岡洋一氏に新曲ピアノ五重奏曲を委嘱した。本公演がきっかけとなり、珍しい編成の貴重な作品が一つ誕生したということは、岡山の音楽界にとって大きな成果であろう。6月10日に上岡氏の新曲「ピアノ五重奏曲 Ⅰ.空は碧く―アトモスフェアとして Ⅱ.海は蒼く―レクイエムとして」が完成。6月24日から全員揃ってのリハーサルを開始。25日のリハーサルには、上岡氏に立ち会っていただいた。作曲家と演奏者が、解釈等を直接議論することで、非常に有意義な意見交換ができたし、その経験は演奏者の財産となった。
また、演奏会前日28日には、景山、山田、河本、中山の母校であり、現在河本が勤務する岡山城東高等学校でミニコンサートを行った。限られた時間の中で楽曲を仕上げる上で試演会は有効な手段であり、また在校生にとっても良い刺激になったのではないかと思う。
上岡氏の新曲に加え、ヴォーン・ウィリアムズのピアノ五重奏曲を演奏した本公演では、アンコールに我々の主題歌ともいうべきシューベルトの「鱒」から第四楽章を披露、316名の満員の聴衆に再会を約束し、無事に終演した。
活動の課題
守屋はドイツ・ベルリン、景山は名古屋、山田は東京、河本と中山は岡山、と五人の活動拠点が離れているため、五人のスケジュール調整が難しいことが課題である。
また、先にも述べたように、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、ピアノという編成の作品が非常に少ないため、今後は柔軟な発想およびやり方で、プログラム構成を検討していく必要がある。
しかしながら、岡山から日本全国、そして世界で活躍する演奏家が、故郷に戻り室内楽を奏でることができるということは、岡山の豊かな音楽教育の賜物である。演奏家と聴衆、そして作曲家など、音楽を通じての交流および各分野の育成は重要である。特に「演奏家の鍛錬」と同じくらい「聴衆の育成」は非常に大切である。なぜなら演奏家は聴衆によって育てられ、良い聴衆がいてこそ良い演奏会が成立するからだ。演奏家と聴衆が一体となって音楽を楽しむ、それが日常となって、はじめてその土地の文化が成熟するのである。人、文化、教育、風土・・・豊かな岡山の恩恵を、演奏者と聴衆が一体となって享受する演奏活動を今後も継続していきたい。