活動の目的
岡山県日生(ひなせ)は、日本の藻場・沿岸環境再生の端緒を開いた藻場再生、漁業者による沿岸管理、漁業者発の技術の市民活動への伝播と、多角的に興味深い漁村、沿岸地域である。特に、日生は藻場再生の優良事例で、発祥の地において「里海」の在り方の人と海の関係性を実証的に考えることは重要である。現地踏査、ヒアリング、既存資料の分析などで、日生の沿岸環境活動の歴史の調査を目的とした。
活動の経過
地域調査は、当NPOと30年以上協働してきた日生漁業協同組合の方々が窓口となってくださった。日生の漁業の歴史、経緯を知る漁業者やOB、リーダーの家族の方などをご紹介いただきヒアリングを行った。また日生の水主の浦博物館学芸員には、日生の歴史を伺った。岡山県水産課には、つぼ網の調査データのご提供をいただいた。ほか漁業情報と文献の収集を行った。
活動の成果
現在はアマモ場再生のリーダー、メッカとなっている日生であるが、その発想の源が明らかとなった。日生の漁師たちは、アマモ場の再生という地先の海をベースとした様々な活動を通じ、全国規模の沿岸環境関係者と市民も含むネットワークを築いてきた。現在は、藻場の再生など環境保全におけるリーダーであるが、実は、近世から現在にいたるまで激しい経験をしている。より、まずは瀬戸内海での乱獲で漁業資源が減少、新天地をもとめて朝鮮半島へ進出。終戦により帰国し伊勢湾に出漁するも、やはり乱獲が問題になり地域外漁場からの完全撤退、という経験をしてきた。日生の海関係の従事者は、江戸時代には水夫として瀬戸内を中心とする国内の海運に従事していたが、その間に各地の情報を得ていたものを考えられる。主に漁業に従事するも、水夫の延長線上の仕事として海運業にも進出した。しかし漁業も海運も、瀬戸内海で衰退したために、主に窯業や近隣の工業地帯への就業となり、海の仕事からは去っていった。
漁業を継続しているグループは、過去の教訓から、地先の海を守り、持続可能な漁業を目指す集団へと変わっていった。現在、「藻場再生の伝説の地」となっている日生の漁業者は、このように形成されてきた。以下、変遷のポイントを示す。
【近世・近代】岡山の地先は、江戸時代にはすでに乱獲状態。瀬戸内海という限られた水域の中で次々漁場の拡大や漁法の改良をするも、明治時代には限界がみえてきた。そこで「岡山のような内海の多島海」での打瀬網漁業で、九州沿岸の八代海や五島まで進出した。また20世紀に入り、朝鮮半島沿岸の同様の海へ本格的な出漁を行った。捕鯨、近海水産資源の開発であった。長男は地元に残ったが次男以下が「日生村」として朝鮮半島に定住した。岡山県の他の漁村もその傾向があった。
【近代・戦後】地先の海をベースとした様々な活動を通じ、「つぼ網」などの漁業技術の伝道者として東海から九州の漁村とのネットワークを築く。敗戦による朝鮮半島からの撤退。伊勢湾など瀬戸内を越えて出漁。拡大主義が乱獲につながり、各地の漁場を荒らし、撤退を余儀なくされる。漁船、漁具など東海地域の技術を知る。
【戦後・高度経済成長】地域外への出漁から故郷の岡山に帰還した。大規模埋立時代になり漁場喪失の危機に直面した。漁業を続けるためには、漁場を開発から守るしかない。岡山県沿岸部、隣接する兵庫県赤穂などは大規模埋立が行われたが、日生では埋立を回避し、海を守った。しかし沿岸漁業資源自体は減少したため藻場干潟の漁業から養殖への展開を行った。養殖業が成功するには魚貝や海域を細やかに見る必要がある。島との間の水路状の海域での牡蠣養殖は、適度な通水が不可欠である。過度の養殖による沿岸汚染なども経験している瀬戸内海では、過去の教訓をもとに拡大しすぎると環境が悪化し、結局全体が成り立たなくなる感覚が芽生えていたと思われる。拡大主義を止め、足元を見つめる「管理」へのシフトを行った。
【藻場の再生・「里海」へ】漁業者による藻場の再生は、沿岸再生分野で日生を伝説の地にした活動である。里海として海の持続可能な利用を考える場となっている。消費者を中心とする市民参加の催事や環境学習への協力が行われている。
【つぼ網は漁業を通じた沿岸環境の定点観測】つぼ網は、小規模漁業であるが、同じ場所にセットして行う受け身の漁業であり、いわば水産種を中心とする生物相の定点観測施設である。特に、ヒイラギやテンジクダイなどの小型魚で利用している。
これらの小型魚では他所の地方では廃棄されている場合もあるが、日生では食文化が存在しており、漁業として成立している。つぼ網の魚を残さず食するのを、地域社会が支えている。
【歴史性】この背景として、岡山県は“吉備の国”の古代から、海を通じて地域間交流が盛んであったことがあげられる。中世以降の瀬戸内海の海運では、日生の漁業者は「水主」としても活躍してきた歴史がある。個人は歴史に名前が残りにくいため把握が困難であったが、日生の漁業者は集団として地域外の人たちの物流などの仕事を引き受け、地域を外から見る機会が多かったと考えられる。
活動の課題
本研究により明らかになった以下の点の調査をより深めるとともに、日生の教訓として地域、国内外で共有できるような活動を行っていく。
1)乱獲・撤退の失敗から学ぶ。→このままでは本当に魚が海から消えてしまう。2)沿岸小型漁業つぼ網の見直し、養殖への転換→人工環境でも海の微細な環境を見極める視線が必要。3)あらためて知る天然の海の力→漁業は生態系に支えられている。藻場の再生へ4)消費者や市民との連携→「つぼ網」の文化。地域住民が小さな魚を丁寧に食べる。→漁村以外の人たちの生活文化で支えられている漁業。5)地産地消と地域環境保全は一体化している。