活動の目的
本研究は、瀬戸内海・島嶼地域での芸術・文化活動による地域振興である「瀬戸内国際芸術祭(以下、芸術祭)」に着目し、対象とするステークホルダー(訪問者及び住民)の意識調査により芸術・文化活動の地域社会への影響を明らかにしようとするものである。
現在、日本の各地域において様々な目的及び方法論を持った地域づくりが行われているが、芸術祭は、過去二十数年間の直島での芸術・文化活動による地域づくりをさらに展開する形で、瀬戸内海及びその周辺地域に対象を拡げ開催されたものである。2010年は初回開催にも関わらず93万人超の訪問客を集めた。また第二回は春、夏、秋期間の合計で108日間開催され、世界23カ国の国と地域からアーティストが参加し、来場者数はのべ107万人と報告された(四国新聞社2013)。これらはすでに日本を代表する芸術・文化活動による地域振興の一事例となっている。
この第一回、及び第二回の芸術祭の開催地域を対象として、芸術祭開催期間中の訪問者の観光目的(旅・ツーリズム・アート鑑賞)や地域特有の魅力あるコンテンツ(内容)への関心の変化、及び地元住民や子どもたちの参加意識、生活の変化、地域への愛着度合い、等において、芸術祭の開催により何らかの変化が見られる、という仮説を実証的に明らかにすることが本研究の目的である。
また、芸術祭におけるさまざまな芸術・文化活動には、従来の地域の祭りやイベント、美術展等の評価指標として用いられてきた「来場者数」、「(金額に換算できる)経済効果」等では測れない効果が予想される。そこで今回の仮説を検証するなかで、芸術祭の成否を測定するための新たな評価指標を検討すること、併せて評価結果を左右する影響因子を見い出す試みを行うこと、に本研究の特色がある。
活動の経過
本研究の対象地域は、2010年に初めて芸術・文化活動による地域づくりが行われたX島とした。2013年には、X島に加え一部の調査で、Y島を追加対象とした。本研究の2010年の調査に先立ち、筆者は2007年よりX島・A地区での住民インタビューや実地調査等を実施し、島の成り立ち、歴史や文化を仔細に調査・研究したうえで、学生らと共にすでに3回程度の現地での「町歩きガイドツアー」を催行している。また、共同研究者は、2009年5月にアート作品が設置される以前のX島の各集落の様子、住民の生活を観察し、ヒアリング調査を行っている。同年8月には、X島の歴史や文化に触れ、住民との交流、島の自然を体験する「島の学校」に参加している。
これまでの研究成果として、2010年に開催された「第一回瀬戸内国際芸術祭」における第一回ステークホルダー*調査(2009年度本財団・研究助成対象)において、筆者及び共同研究者により①訪問者調査、②住民調査、③住民小中学生調査及び、④ボランティア調査を実施している
第一回ステークホルダー調査では、①X島訪問者の意識変容、再訪意向時の訪問目的の変化とその要因(初回:アートが目的⇒次回以降:アートだけでない魅力による訪問)、②住民の意識と実感(芸術祭への興味・関心度、「地域への誇り」意識に対する変化)、③住民小中学生の芸術祭の捉え方(訪問客に対する意識、作家・作品への感じ方、地域への意識)、芸術祭を体験することによる変化(社会や自分の周りの世界の捉え方、将来への考え方)、等をはじめとしたいくつかの結果が抽出された。
活動の成果
本研究では、第二回ステークホルダー調査のうち、これまでに⑤第二回訪問者調査、⑦第二回住民小中学生調査を実施した。現在、⑥第二回住民調査、及び⑧アーティスト調査は継続して進行中である。第二回訪問者調査は、瀬戸内芸術祭の重要なステークホルダーである訪問客を対象としてつぎのような調査を行った。「瀬戸内国際芸術祭2013 夏」開催期間中の2013 年8月16、17日の2日間、X 島フェリー入船港、待合室内で、港から帰路につく乗船客(X 島訪問者)を対象に調査員による個別街頭インタビュー形式でアンケートを実施した。有効回答数は、2日間で合計380 人である。
住民小中学生調査は、X島全島及びY島の一地区に住む小中学生を対象としてつぎのような調査を行った。「瀬戸内国際芸術祭2013」終了後の2013年11-12月に、自記式質問紙に自力での回答が可能な小学4年生から中学3年生までのX島在住の子供、及びY島の一地区に在住の子供を対象に学校通しのアンケートを実施した。有効回答数は対象者の全数にあたる68 人である(一部欠損値有)。本稿では字数の関係もあり、第一回及び第二回の訪問者調査結果を比較した概要について以下に述べる。
訪問者の性別は女性6割、男性4割であり第一回結果と変わらないが、年齢構成比は15歳から30歳未満が約50%、30歳から60歳台までが約50%を占め、15歳から30歳未満で60%を超えていた第一回結果に比べ、平均年齢が若干上がる傾向がみられた(図1)。また、訪問者の居住地は周辺2県の香川県、岡山県を併せても17%程度であり、その他地域からの訪問者が80%超となった(図2)。これは、第一回結果である香川県居住者14.2%、岡山県居住者13.0%(併せて27.2%)に比べ、近県居住の訪問者が減り、その他地域からの訪問者が増加する傾向が見られた。第二回調査では、訪問者の居住地域で最も多いのが東京都(23.4%)であり、1都3県まで拡げると関東地域が全体の4 割を占めていたことがわかる。
訪問回数、訪問目的については、訪問客の3分の2 が初めてX 島を訪問し、何よりもまず「アート作品を観に」(複数回答:回答数339)、次に「建築を観に」(複数回答:回答数137)来ていることがわかった。第一回訪問者調査でも確認した再訪意向については次の通りである。今回の訪問後、再訪意向がある回答者の再訪目的を、「ぜひまた訪れたい」、「機会があれば訪れてもいい」(TOP2BOX)の回答者を母集団として確認した。
TOP2BOXの回答者の再訪目的は何より「アート作品を観に」来ることであるが、「建築を観に」来る、及び「島の自然を観に」来る、という傾向も高いことがわかる。第一回訪問者調査との比較においては、「建築を観に」来る傾向が高まったことがうかがえる(図3)。
活動の課題
第二回訪問者調査では,前述結果の他にも多くのデータが収集された。また、前述の仮説検証結果をはじめ、2013年における訪問者の傾向としてのいくつかの示唆が得られている。今後は2010年訪問者調査と併せた訪問者の経年的な変化についての考察、及び2013年ステークホルダー調査としての各調査とも併せた包括的な分析を進めるとともに、別途、発表の機会を待ちたい。
さらには、今後も継続的な開催が見込まれる「瀬戸内国際芸術祭」の開催年ごとのデータを蓄積し、その経年変化を追うことでさらなる知見を深め、よりよい地域づくりに向けて、有効な基礎データとなることを目指したい。