活動の目的
日本文化はおよそ百の盆地の連なりによって成立しており、それぞれに小宇宙(地域文化)を形成している。本事業では山形県村山盆地で暮らした芸術家たちのライフヒストリーや、人々と共同でつくられた作品を集めて書籍化し、閉鎖的であるが故に独自な文化伝統を育んできた〈盆地〉の創造的可能性に光をあてる。
実施場所:山形県ほか
活動の内容
本事業は〈本〉の形態をした小さなパブリックアートの制作プロジェクトである。山形県の村山盆地内でつくられ、さまざまな理由から展示が困難な作品群を、同地域で活動するデザイナーや写真家らとともに調査・記録し、アートブックにまとめた。完成した『盆地文庫』は、村山地域内のカフェやギャラリーなど街場のカルチュラルスポットに配本・設置し、(本の形態をした)常設展示とした。また、出版記念展を山形「とんがりビル」、銀座「森岡書店」、松本「栞日」、京都「誠光社」など、各地域のカルチャー発信地になっている書店で巡回開催し、いくつもの盆地宇宙が本+アートでつながるネットワーキングの契機とした。
参加作家、参加人数
アーティスト:荒井良二、いしいしんじ、ブルーノ・ピーフル、スガノサカエ、坂本大三郎
編集チーム:小板橋基希、是恒さくら、志鎌康平、根岸功、牟田都子
トークイベント登壇者:森岡督行、三谷龍二、菊地徹
他機関との連携
出版記念展を四つの地域で開催した。森岡書店( 銀座2017.11.14~11.19)、とんがりビル(山形2018.1.6~1.21)、栞日( 松本2018.3.3~3.18)、誠光社( 京都2018.5.12~5.20)
活動の効果
山形県での『盆地文庫』配本は2018年2月から本格スタートしたこともあり、地域内での効果は今後出てくると思われる。出版記念展は松本や京都など、他の盆地エリアへの巡回が続き、書店やカフェで地域文化を牽引するカルチュラルリーダーが本書を通して交流することで、文化の自立性への意識が相乗的に高まっていくことが期待される。
活動の独自性
国際芸術祭が各地で隆盛する今日、あえて〈盆地〉という小さな文化圏に特化し、盆地内で人知れず眠ったままの小さな美術史を発掘・編纂し共有する仕組み。
総括
「地方から海外へ」のプロモーションが、アートでも地場産業でも観光でも、さまざまに試みられている状況下で、本事業はあえて、閉鎖的な〈盆地〉をキーワードに掲げた。
現代アートはグローバルなコミュニケーションであるが、しかし、人間の生活は多くの場合、家族や地域など限定的な地縁血縁のなかで営まれていく。
本来、閉鎖的な盆地宇宙だからこそ保存されてきた地方文化の(例えば方言のような)多様性や「伝わりにくさ」が、アートのグローバルな文脈によって「(都市生活者にむけて)編集されすぎていないか」という懸念が常にあった。
したがって本書『盆地文庫』は、「分かりやすい」本ではない。この山に囲まれた盆地で発掘された、他の文化圏にとっては謎めいて意味がない、しかし、この盆地の住人にとっては先人(芸術家)とのつながりを感じられる遺物としてのアートブックを制作した。山形のデザイン集団akaoniが手がけた装丁のコンセプトは黒曜石である。
助成金を得て編まれた本書は、街になんの経済効果ももたらさない。しかし、地域の文化的な自立精神を保証するのは、このような寡黙なものであり、限定性を受け入れた生き方ではないかと考え、昨今の地域とアートをめぐる状況に一石を投じるつもりで制作した。現在、水紋が広がるように、他の盆地の街から反響が届いているのは、嬉しいことである。