活動の目的
原爆投下による被爆者や戦争体験者が自身の記憶をもとに創作した表現に加え、戦争経験のない世代の表現者により制作された戦争・被災をめぐる作品をあわせて展示することで、戦争記憶の継承に資する。これを通じて、お互いの生命を尊重・肯定し、共に在るための方法について考える機会を創出すること。
活動の内容
1. 自らの戦争体験をもとに創作活動を行っている被爆者などを取材し、その創作物を展示した。あわせて、戦争経験のない世代の表現者により制作された戦争やその記憶をめぐる作品も展示。
2. 被爆者(廣中正樹氏)による証言を聴く会や被爆2世の出展者(ガタロ氏)によるトーク、椹木野衣氏による公演、A3BCによる木版画ワークショップ、爆心地のVR体験会など各種イベントを実施。
3. 出展作品の図版や、展示・広報物についての論考・解説、戦争・原爆を実体験された出展者(岡田黎子さん)などへの聞き取りを文章化した原稿を掲載した展覧会図録を制作・発行。
実施場所:鞆の津ミュージアム
参加作家、参加人数
廣中正樹、辛木行夫、横田礼右、藤登弘郎、岡田黎子、ゆだ苑所蔵「被爆者の絵」、ジミー・ツトム・ミリキタニ、ガタロ、大江泰喜、岡部昌生、瀬尾夏美、鈴木智、平井有太、A3BC:反戦・反核・版画コレクティブ、広島県立福山工業高校電子機械科計算技術研究部、広島平和記念資料館所蔵「原爆の絵」(以上16組)
他機関との連携
広島平和記念資料館、大久野島毒ガス資料館、ゆだ苑、立命館大学国際平和ミュージアム、ボーダレスアートスペースHAPなどの機関を通じて展示作品/資料を借り受けるとともに、A3BCには版画ワークショップで、福山工業高校電子機械科計算技術研究部には「VR爆心地」体験会開催に際して、多大な協力をいただいた。
活動の効果
展示期間中に集めたアンケートには、「日常の中でいつのまにか忘れてしまう原爆のことをあらためて考える機会になった」という意見がよく見られた。このことは、本展が、わずかでも戦争記憶の継承に資することができたことを示しているのではないかと思われる。また本展を通じて、原爆や戦争を多面的に、かつ「近く」で生々しく感じることができた、という意見もよく見られたことから考えると、体験者の「小さな」声を媒介することで、戦争や原爆の現実にふれ、自分のことのように感じられる場をつくるというねらいも、それなりに実現できたのかもしれない。
活動の独自性
本事業は、戦争体験にまつわる創作物の展示を通じて、私たちそれぞれの生命を肯定する心や態度を育む機会の創出をめざすものである。また「生命の尊重」は、福祉的実践の基盤にある理念であると同時に、規範化された思考の枠組みに問いを投げかけることで、個の自由や尊厳を獲得・創造していく営みとしての芸術の理念でもあった。その意味でいえば、本事業は福祉でもあり芸術でもあるような両義的実践だと言える。また、原爆表象の固定化を避けるため、戦争当事者だけでなくさまざまな世代・形式の表現を混在させて展示することで、戦争・原爆の実相を多面的に編み上げようと試みた。これらの点が本事業の独自性であろう。
総括
本展『原子の現場』に出展いただいた各表現は、戦争により不条理な仕方で命を奪われてしまった人たちの生についての記録といえるものである。裏返すと、それは、私たちが他者に対してどこまで暴力的になれるのかという視点からの「人間」の臨界についての報告にほかならない。当館はこれまで、さまざまな人たちにより自発的に生み出された「逸脱」的表現の紹介を通じて、多様な生き方や価値観にふれる機会をつくり、私たち人間は一体どのようなことまでをなしうる存在か? と自らの臨界を問う試みを行ってきた。被爆者の表現/語りをはじめ、VRなど新しい技術を通じて、他者の生や「現場」を肌身で感じられる場の創出を試みた本展も、その一環として位置付けることができるだろう。また、椹木野衣氏によるトークでは、被爆体験とその表現の間にある「距離」について考える機会をいただき、A3BC版画ワークショップでは、私たちそれぞれが当事者意識をもってつながり活動する重要性を実感できた。図録では、図版や当事者への聞き取り原稿・関連論考を通じて、展覧会の問題点を広く共有することをめざした。生命が極限まで軽んじられる原爆や戦争という「現場」の表現にふれることは、私たち人間に内在する狂気に向き合うことでもあるが、それゆえにこの問題を避けて通ることはできない。私たちは何者なのか? 今後も、本展であらためて強く自覚できたこの問いを伝える活動を行っていきたいと思う。
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A3BCの木版画、辛木行夫による爆心地の油絵
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岡田黎子の語り絵、瀬尾夏美《すこし休む》他
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ガタロ《豚児の村》、大江泰喜の原爆ドーム他